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調査団 竜吐水班・竜骨車と踏車

久しぶりに図書館へ行き国史大辞典で調べると、「りうこし」は竜骨車のことで、
竜吐水とは別物になるようです。 (以下一部抜粋)。
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竜骨車 (りゅうこつしゃ)
用水を汲み揚げる道具の一つ。「りゅうこし」とも読む。
低いところから高い田畑に水を巻き揚げる道具は、ほかに投釣瓶・
踏釣瓶・踏車・竜尾車なども利用された。
踏車が広まると竜骨車の使用はあまり見られなくなった。
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竜骨車(りゅうこつしゃ) 
『天工開物』 中国明代末1637年に宋応星が書いた産業技術書より。
この図は日本で翻訳されて1771年に発行されたものより引用して一部加工。
(国立国会図書館デジタルコレクション『天工開物』1-コマ23と25)
長さ数メートル程にもなる樋のような部分の下を水にいれ、上で歯車のような
部分を廻し(人力や牛力なども)、キャタピラのようなパーツが水を汲み揚げる。
愛知あたりでは昭和初期ごろまで使われていた所もあるらしいです。


踏車(ふみぐるま) 
『農具便利論』文政5(1822)年に大蔵永常が書いた農業技術書より。
(国立国会図書館デジタルコレクション『農具便利論』3-コマ13)
説明文には「昔から田に水を揚げるには龍骨車を用いることが諸国一般的だったが、
寛文(1661~72)頃大坂農人橋の京屋七兵衛と清兵衛が踏車を作り、宝暦安永(1751~80)
ころには踏車が諸国に広まり今は龍骨車を使うところは少ない」とあります。

竜骨車は高低差のある田と水場でも汲み揚げることが出来たようですが、
作るのも大変でしかも壊れやすく使用時の移動も重くて大変だったようなので、
踏車の方が扱いやすく広まっていったのでしょう。

ただ農具としてはあまり使われなくなっても、嘉永5(1852)年の刷り物
その他年代不詳の刷り物にも「りうこし」が出てくるので、江戸の町の
防火用具として使われ続けていたのでしょうか。
それとも簡易なものとか似てるから名前が付いた別物かもしれません。

- 竜吐水調査に関連する調べ物の覚書 -


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