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生瀬の古文書―淨橋寺文書の調査から―

2016年10月19日(水)の歴史講座「生瀬の古文書―淨橋寺文書の調査から―」
を聴講した感想ご紹介します。

講師の衛藤学芸員と笠井学芸員から生瀬地区の文化遺産総合調査のなかの
浄橋寺文書調査の途中経過を聞きました。

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以前、歴史調査団でも絵図の調査の手伝いをしましたが、生瀬の浄橋寺に伝わる
村方文書を昭和30年に作られた目録と引合せながら内容や保存状況の確認をして、
より利用しやすいようデータベース化していく調査に取り組んでいるそうです。

寺関係の文書だけでなく一般的には庄屋の家に伝わっている租税や戸口や宿駅関連
などの村方文書が寺に残っているのは、庄屋が一軒の家で代々引き継がれたのではなく
時々変わっていたため、最重要のものをまとめて寺で保管して確実に引き継ごうと
したのではないか、と考えているそうです。

また書状の表書きに注目してみると、京都から生瀬村宛なのに西宮町を経由する
というものがあるそうで、京都から西国街道を下ってきたら伊丹や昆陽で曲がって
小浜の方へ行ったほうが近そうなのに何か特別な配達ルートや受付窓口があったの
かもしれない、という話もおもしろかったです。

 

歴史講座の次回開催予定は12月日21(水)「西宮の横穴式石室について」です。
申込 http://www.nishi.or.jp/contents/0003991000040004800699.html

 

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