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調査団 竜吐水班・草双紙の竜吐水(その1)

竜吐水の挿絵がないかと思い、国立国会図書館デジタルコレクションを探して
ひとまず1710年~1799年の草双紙を見終わりました。
ほとんど見つけられなかったのですが、覚書として記録しておきます。

NDL『五たいそう』コマ9。  明和2 (1765)年刊
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8929920 

——- あらすじ ——————————————————————
海を泳ぐ30丈余(約100m)の大鮎に飲み込まれてしまった菱垣大船。
だが莫大(ばくだい)国の仰山(ぎようさん)王の食卓に出されたこの大鮎の焼物の
腹の中から大船1艘に船頭と水主8人余が出てきた。
大王はこの船を刺身皿に水を張り浮かべて楽しんだり、小さな船乗りたちに
口の中を掃除させたり按摩させたり便利に使った。
最後には巨人の国から無事に返されて、鳥羽の港に着き皆々妻子に会い喜ぶ。
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この竜吐水の挿絵のあるページの話は、6月半ばに暑くなってきて大王は頭が
鬱陶しいので月代を剃るよう小さな船乗りたちに命じると、「みな智恵を巡らし
りうこしにて水を上げ月代を揉みける」というシャンプーの場面です。

おそらく当時の大名火消風の火事装束でしょうか?
「せい出せせい出せ」「ゑいゑいやあ」と4人がかりで龍吐水を動かしていますが、
どこから水が噴き出ているのか仕組みが怪しい絵ですね。
それと以前から悩んでいる「りうこし」は竜吐水か龍骨車かという問題が
ここでまたわからなくなってしまいました。

ちなみに「五軆惣〆是程」コマ8 (寛政2・1790年) という本もあって、こちらも
30人ほど乗った菱垣大船が大魚に飲み込まれ、巨人(だいたほうし)がそれを釣り上げ
食べようとした腹の中から出てきて、巨人の用事を色々するという話です。
用事は先の本とは少し違っていて、この挿絵は何か臭うし煙も上がっているので
駆けつけて見れば煙草がらが燃えていたという場面です。
まといと高張提灯を持ち、指揮者は甲冑のような装束に見えます。

- 竜吐水調査に関連する調べ物の覚書 -


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