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弥生時代集落の特性について

第49回西宮市内博物館等連携講座  2017年7月13日(木)
「弥生時代集落の特性について」 (講師・西宮市立郷土資料館の西川卓志さん)
を聴講した感想をご紹介します。

弥生時代と言えば、稲作がはじまって収穫した米は高床式倉庫に保管し
人々は竪穴式住居に住んでいた、というイメージを持っています。

でも竪穴式住居と言われるものもいろいろで、発掘調査で見つかる遺構には、
大きさの違いはもちろんですが柱の数が違っていたり、同じ場所に何度も
建て直された跡のあるものや一度建てられたきりのもの、煮炊きをするための
かまどがあるものが多いけれど人の住んでいた痕跡が全く見られないものなども
あるため、住居としての使用だけとは断定できず「竪穴式建物」と言った
ほうが良いと考えるようになっているそうです。

また、現在発掘調査をするときには今の地名を採って〇〇遺跡と名付けられる
事が多いので町名(遺跡名)が違うと弥生時代にも別の村だったような印象を
受けてしまうのは要注意ということでした。
例えば西宮北口と今津と甲子園でそれぞれ同じ時代の住居跡が見つかった場合、
小さな村が三か所またはそれ以上にたくさんあったと考えがちですが、じつは
西宮南東村という大きな村の中の一部を別々に発掘しただけかもしれない
とも考えられるわけで、周辺の状況にも広く目を向けなければならないという
お話は改めて勉強になりました。

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次回は第50回西宮市内博物館等連携講座
「〈古代・中世の神々1〉八幡信仰の展開と朝廷」
2017.8.10.(木) 13:30~15:00
講師:田村正孝(大手前大学史学研究所研究員)
http://www.nishi.or.jp/contents/0003919900040004800699.html

 

 

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