第25回西宮市内博物館等連携講座 「日中の工芸意匠における雲の表現とその変遷」
2015年2月4日(水)を聴講した感想をご紹介します。
講師は黒川古文化研究所の川見典久さんで、絵画は表現に多様性がありすぎたり
時代がはっきりしなかったりするため、出土品として時代の特定が比較的
しやすいことやふだんは日本中世の工芸品などを研究されているということで、
工芸品で国や時代によっての違いや変化を比べてみるというテーマに
取り掛かったところだそうです。
古代中国では混沌とした世界に気が生じ、澄んだ気が天に濁った気が大地に
なったという考えがあって、古代中国の戦国時代の鏡には地をあらわす中心と
天をあらわす縁の間に気が満ちている様子を渦巻のような表現で表しています。
さらに古い時代の殷の青銅器などに見られる雷文も気が満ちている様子を
表現したのではないかということでした。
これがのちに雲の表現に変化していって、漢代頃には細長く続いて所々に
もこもことする雲があるような、また雲のような龍のようにも見える文様が
この世と神仙世界を結ぶような場面に描かれたりしているそうです。
それが唐代には細くたなびく部分が短くなってもこもことした部分だけが
切り取られた状態での表現になったり、細長い図柄でも西方から伝わった
唐草文様とよく似た区別のつけにくい表現になっていくようです。
その後の宋から明の時代には、そもそも工芸品に雲の意匠が減ってくるそう
ですが、雲の流れを表すたなびく尻尾?の部分がほとんどなくなりもこもこの
部分だけが定型の文様化していくそうです。
日本には奈良正倉院の御物などに唐代の短めのしっぽのついた雲の文様が
残されていたり、平安時代の雲に乗った仏様の絵画や像にも短めしっぽの
表現が見られるそうです。
ただ大和絵と言われる技法で、絵巻や屏風などで場面転換に使われる事の
多い雲のような霞のような表現は中国には見られないものだそうです。
中国の絵画や工芸などは描かれたものにすべて意味があるということを
以前の松の意匠の話に続いて教わったので、そういうことも考えながら
見ていけるようになったらさらに面白いのかなと思いました。
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講座の初めには、1/14の連携講座でも講演をされた辰馬考古資料館館長の
水野正好さんが先月末に亡くなられたというお話がありました。
亡くなる前日も辰馬考古資料館での講演があったそうで、本当に急なことで
みなさんびっくりしたそうです。
ご冥福をお祈りします。
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次回は第26回西宮市内博物館等連携講座 「天下普請を支えた採石丁場」
2015.2.18.(水) 13:30~15:00 講師:森下真企(西宮市立郷土資料館)