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西宮の橋を調べる―橋と川の郷土史―

2014年12月17日(水)の歴史講座「西宮の橋を調べる―橋と川の郷土史―」
を聴講した感想ご紹介します。

講師は西宮歴史調査団橋梁班担当の早栗学芸員で、調査活動の方法や
調査成果に基づいて見えてきたことなど市内の橋梁についての話でした。

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先ず初年度は甲子園口の新堀川に架かる橋を大きなものから個人宅に架かる
小さなものまですべて調べ、二年目から明治時代の旧甲東村の記録をもとに
今もその橋があるかどうか調べ、その後国道二号線に架かる橋を調べ、
現在は市内の橋の悉皆調査に取り組んでいるそうです。

現地の橋そのものの調査はもちろん、地元の人からの聞き取りや、市役所の
河川管理や道路管理の部署へ行って地図を見たり、古い書物を探したりと
いろいろ調べて、その橋の由来や周辺の生活が見えてくるそうです。

そんな調査の中でわかったこととして川の名前は意外とあいまいで、例えば
河川工事に関して県と市と地元住民が集まって話をしても同じ川のことを
それぞれ別の名前で呼んでたりすることもあるそうです。
また橋に名前を記した橋名板とかがない場合だと、その名前を使う人が少なく
なってくると何年後かには橋の名前が分からなくなることもあるようです。

橋の欄干の両端には橋名板を設置し橋と川の名前を表示するように決められては
いるのですが特に罰則もないためか必ずしも設置されているわけではないようです。
ただ設置する場合は漢字とひらがなの両方で表記するのですが、ひらがなの場合
「○○橋」は「○○はし」と濁点をつけないで書くことが多いそうで、これは濁点が
川の濁り(濁流)を連想させるので洪水など起きないよう縁起を担いでいるそうです。

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現在のところ、橋を調査したから何かが分かるというはっきりした目標がある
わけではないそうですが、身近な場所のことは人々の記憶から消えてしまうと
調べようがないので、記録に残すというだけでも十分に大切なことですね。

 

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