2026年1月10日に『なばなネットワーク』(さくら FM)で放送された内容をもとに記事にしています。
自ら「西宮のまち探検家」と名乗り、公民館の講座の講師などもされている牛田孝次さんに、その活動の原点などについてお聞きしてみました。
「西宮のまち探検家」としての活動の原点は??
元々、特に歴史が好きというわけではなかった牛田孝次さんだったが、リタイヤした後に郷土資料館の歴史調査団というボランティア団体に参加したのが、今の生活のきっかけだったようだ。
<注:現在は歴史調査団は終了している>
「歴史調査団の『橋梁班』に所属しました。数年かけて市内の橋を調査して本にするという計画の中で進んでいました。私は、多くの方々より後に参加しましたので山口地区・塩瀬地区など北部も多く担当しました。その事が今の私の原点ですね。」

牛田さんは、とにかく疑問に思ったことはとことん調べないと気がすまない。
『橋梁班』での時も色々気になって、結局、市内の橋の全部を3回ぐらいは回ったという。
ネットの情報はもちろん、紙の情報であっても行政の資料であっても、とにかく細かいところまでが気になる。
そして、いったん気になったら徹底的に裏どりの資料を探す。
それも歩いて!歩いて・・・・探しに行く。
一日、どれくらい歩かれますか?
「歩くことを意識したのは阪神淡路大震災でした。もちろんその頃はまだ現役でしたが・・・・。」
31前のあの大きな自然災害は、多くの人にさまざまな影響を与えたが、牛田さんには「歩く」ことに目覚めさせたようだ。
「今でも1日に15キロぐらい歩いています。ただ、さすがに最近は、片道は公共交通機関のお世話になっていますが・・・笑」
早朝から家を出て、その日の雲や風によって行き先を決めることもあるし、事前に調査場所を決めていることもある。
「雲の形も含めて、その時に気になることが目につくんです。」
街の不思議はどこで見つけるの!
「自転車や車での移動じゃないからこそ、いろんな所でいろんな不思議を発見します。街の全てが対象になるので、街の景観・雲の形・季節の花・建物・道・鉄道・川や水路・マンホール・境界杭など、挙げるときりがないですね。」
サラリーマン時代は建築関係の仕事をしていて、答えを出さないと前に進めないという事が今と同じかもしれない・・・と牛田さんは笑う。
土木ではないが、建関係の仕事をしていたことで、工事の予定や工程が何となくわかるので、一つの場所が気になったらそこにはタイミングを考えて何度も通うという。
こうして事実を確認し、必要なら資料も取りに行って、さらに確認するのが牛田さんスタイル。
自分が納得するまで調べて、それを積み上げていく。
「でもこれ以上は、分からないということもあります。それもまた一つの答えになります。」
各公民館で、それぞれのエリアの不思議の講座をしたい!
一人でコツコツ調べてきたことを、誰かのお役にたてられないか??という思いも出てきて、手書きだったメモをまとめ直しているという。
これまで中央公民館をはじめ5館でその地域の歴史の不思議を伝えてきた。
「私の場合は同じ内容でお話しするのではなく、その公民館のあるエリア内の不思議や歴史をお伝えしたいと思っています。」
話の内容が身近だと、講座の後に歩いて尋ねてみようと言う気にもなることだろう。
そんな動きを牛田さんも願っている。
講座終了後、地域の歴史好きな方と話し込むことも多いようだ。

中央公民館では、「西宮北口周辺の過去の水害について話して欲しい!」ということで、主に今の津門川が出来る過程での水害の記録を当時の地図に被害場所等を記して、なぜ、水害となったかなどを説明したという。
「同じ道を歩いていても、行きと帰りでは歩く方角が真反対なので、見つかるものがまた違うものが見えるんですよね。スーパーの値札も含めて気にして見ていますよ・・・笑」
できれば市内の23の公民館で話してみたい!と言う牛田さん。
「兵庫県内で一番短い県道が西宮にあるんですよ・・・^_−☆」などと話してくれた。
気になった方は、調べて見てくださいね。
これまで調べてきたことを本にしたいという牛田さん、夢に向かって歩いている。























