調査団 古文書班・明治2年の宗旨人別帳

町名の分からない明治2年の宗門帳を調査しました。
ふつうは表紙や裏表紙に「○○町」と書いてありますが、それがありません。
そこで、この宗門帳の中に出てくる町名をまとめてみることにしました。
例えば家主情報や引越し先情報などを書くときに、この町の中ときは「町内」、
別の町ならその町名が書かれているからです。

「釘貫町、中之町、久保町、石在町、東之町、馬場町、今在家町、横道町、
浜之町、浜鞍掛町、浜久保町、浜東町、浜東町1丁目・2丁目・3丁目」
が出てきた町名なのでそれ以外で、家数約170軒と多めで、船乗りとか仲仕とか
船関係の職業の人がいたので、浜石在町ではないかなと思いました。

また、この宗門帳には「総年寄 矢野嘉兵衛」と「年寄 矢野嘉助」の一家が
住んでいるとの記載が出てきました。
西宮市史には両名とも名前がないのですが、今までに調査した町名がわかる
他年度の宗門帳に出てきたらいいなと思っています。

もう一つ疑問だったことは、今までどおりに一年で更新されていたかです。
江戸時代の宗門帳には毎月の確認の印が12個(うるう年は13個)並びますが、
この明治2年分には、名前の下に本人確認の印がひとつあるだけでした。
そこで変更事項の追記の日付に注目してみました。
すると、明治2年巳6月から明治3年午5月までなら江戸時代の通りですが、
それ以降の午10月とか、明治4年未7月の記載も出てきました。

明治4年4月には戸籍法が制定され、明治5年2月から施行されています。
なので、これからどうなるのかな~?と気にしながら2年間使い続けて、
この後は戸籍を作ることになったのかもしれません。


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