西宮流 用語集

アメリカ博

← 前のページに

終戦後まもなく、西宮北口で「アメリカ博」が開催された。
場所は、もと「阪急スタジアム」の周りで、広範囲な場所で昭和25年3月18日から6月12日まで朝日新聞社主催、外務省・通産省・建設省・文部省・国鉄そして西宮市が後援し、連合軍総司令部の全面的協力によって 「アメリカ博」が 開催された。
これは戦後における本格博覧会の最初であった。

イラストに示すように、第一会場では球場正面の“自由の女神”に迎えられ、正門をくぐるとホワイト・ハウスがあり、アメリカの歴史と文明をジオラマ等で紹介している。モデルハウスやシボレー、フォードなどの最新の自動車を展示した自動車館も人気を博したが、最も注目を集めたのは「テレヴィジョン館」だった。

第二会場は今津線をはさんで西側になり、アメリカ一周野外大パノラマの呼びものの一つ、「空飛ぶホテル」はジェラルミン製ストラトクルーザーの大旅客機実物大模型で、中に入って窓からニューヨークの街並みを見下ろすという設定になっていた。

アメリカ博が終了し、第一会場の跡地は、自動車学校とサッカーやアメフトなどの球技場となった。
また第二会場の跡地は続々と団地が立ち並び、通称「北口団地」とよばれた。写真右下の建物の屋根に「宝塚映画 第二ステージ」とある。昭和28年、宝塚映画撮影所が火事でほぼ全焼したため、急ぎ代替地として探し当てたのがアメリカ博のシネマ館であったと思われるこの建物だ。昭和31年までの短い期間、撮影所として使用された。

関連記事は 西宮市HP【西宮北口】 戦後初の本格的博覧会 アメリカ博(昭和25年3月)を参照。