酒文化の醸成

「酒は百薬の長」と言うように、適切に飲めば血流を良くし、気分を爽快に保ち、健康維持に役立つ。半面節度をわきまえないと、酩酊は往々にして混乱や無秩序をもたらし、社会から忌避される。「百薬の長とはいへど、よろづの病は酒よりこそ起これ」などと言われ、古来より酒は社会にとって両価値的存在だった。
神様はお酒が好きかも知れない。神棚にはお神酒をあげる習慣もある。伊勢神宮では「日別朝夕大御饌祭(ひごとあさゆうおおみけさい)」といい、朝夕外宮の御饌殿で準備した食品と共にお神酒を内宮と外宮、別宮それぞれの御祭神に奉り、祈りと感謝をささげるお祭りである。この御料酒は長年白鷹が提供していて、本社玄関に伊勢神宮から送られた白鷹の石碑が飾られている。この神事に毎日約1升のお酒が消費されるという。神様は酒豪かな。

白鷹本社入り口に伊勢神宮より賜った「白鷹」の石碑

廣田神社境外摂社である「南宮神社」は西宮神社境内に北向きに鎮座している。「浜南宮」とも称され、平安時代には都の貴族が参詣し、「梁塵秘抄」には「濱の南宮は、如意や寶珠の玉を持ち」と歌われている。
廣田神社では平安時代以降3回の歌合せが行われているが、「南宮歌合」としても開催されいる。
神事を含めた宮中行事にお酒が供されていたと思われる。古来から酒は行事を円滑に進めるための潤滑油としてたしなめられたのではと想像する。

廣田神社の境外摂社「南宮神社」・廣田神社のある北に向かって建立されている

北山緑化植物園の小蘭亭の前には「曲水の宴」のための曲がりくねった小さな水路がある。
曲水に耳杯を浮かべ、自分の前を流れ過ぎるまでに詩歌をしたためる優雅な宴が「曲水の宴」である。
約3000年前、周の時代から桃の節句の雛人形流しの源流として行われているが、紹興市の蘭亭で、王義之が文士41名を集めて、曲水の宴を行ったと「蘭亭序」に記されている。
北山緑化植物園では平成3年3月30日に「第一回西宮蘭亭曲水の宴」が開催された。

北山緑化植物園内の小蘭亭前で開催された「曲水の宴」

酒造家と文化人との交流も盛んに行われた。「辰馬考古資料館」には、初代蔵主の辰馬悦蔵氏の親友「富岡鉄斎」の作品が展示されている。また三代目悦蔵が収集した考古資料も多く所蔵している。
白鹿は創業320周年記念事業として昭和57年に「白鹿記念酒蔵博物館」を設立し、生活文化遺産である酒造りの歴史を後世に伝えている。また創業以来の起業家精神にのっとり、甲陽学院や香櫨園テニス倶楽部等、様々な教育・文化事業を推進している。

西宮観光協会・「宮水と酒文化の道」銅板説明版より

居酒屋は江戸時代中期から後期に誕生した。その当時の居酒屋では、お酒は店先の樽から”ちろり”に移し燗をして出されていた。
客は縁台に座り、簡単なつまみで1~2杯飲むというのが一般的であった。
江戸で消費される酒の過半数は西宮を中心として大量輸送された灘五郷の酒であった。

江戸の居酒屋風景・西宮観光協会・「宮水と酒文化の道」銅板説明版より

日本酒は神話にも登場し、神様に捧げる特別な供物として古くから神事に用いられてきた。現在でもお正月には神社で「お神酒」がふるまわれている。
お正月や祝賀会での「鏡開き」、神前結婚式で新郎新婦が交わす「三々九度」でも日本酒はかかせません。
日常生活でも花見や月見、歓迎会や忘年会と色々な場面で酒は酌み交わされ、親交を深めたりしている。そこから社会が広がり文化が広まっていくのでは。

注)北山緑化植物園の小蘭亭は2022年現在、建屋が老朽化のため撤去されている。

投稿日時 : 2022-10-12 18:55:13

更新日時 : 2022-10-12 19:21:45

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