甲東梅林

甲東梅林

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甲東梅林は、大阪の事業家の芝川又右衛門氏が明治29(1896)年にこの地で果樹園経営を始める時にブドウ、柿、桃などの果樹と共に梅、桜、楓、楠などの植栽を行ったのが始まりと言われている。
甲東梅林は甲陵中学校にあって、生徒がお世話をしていた時期もあったようだが、現在は甲東公民館の庭にあり、品種は39種(約190本)に及び毎年2月から3月にかけて梅開き行事が行われ、多くの人々が訪れている。

甲東梅林

西宮を語るときによく使われる「西宮七園」のうちの一つの園のつく地名 「甲東園」 は、果樹園の「園」であった。

大阪の豪商であった芝川家の芝川 又右衛門が 「甲東園」 に果樹園を拓いたのは明治29年(1896)。
その後、 明治44年(1911)には別荘として武田五一が和洋折衷の建物を建築 し、別邸として使ったという。(引退後は、ここに住んだ)
しかし、この建物は阪神淡路大震災で被害を受け、その後解体し、現在は明治村に移築され公開されている。

芝川又四郎
2018年「まちたび」表紙より

芝川さんが果樹園を作り始めた頃はまだ甲東園駅はなく、駅設置のために1万坪を阪急に提供し、これが甲東園界隈の開発のきっかけになったと言われている。

甲東梅林 芝川
昭和15年 の「甲東村全略図」

現在、関西学院大学・県立西宮高校、市立甲陵中学、甲東公民館などがあるが、この辺一帯が果樹園であったようだ。

関西学院大学のホームページの中には『 芝川 又右衛門 』という、記述があり、このあたりを読むと、甲東園駅から関学への道も、芝川さんの私道だったことがうかがえる。

学園花通り 2019
正面が関西学院大学(昔はこのあたり一帯が果樹園だった)

また、グーグルマップで見ると、県立西宮高校の中に『芝川農園跡(憩いの広場)』というピンが見える。
県立西宮高校のホームページによると、「県西が今のキャンパスを作る時、芝川又四郎氏の厚意を受けた。」とある。
「 かつての芝川農園の所有地は、「憩いの広場」に造成され、正門から校舎へのびる美しい風景が完成したのである。 」~県西ホームページより

住所:兵庫県西宮市上甲東園2-11-60
甲東梅林に関する問い合わせ:公園緑地課(0798-35-3611)

著者 : 編集部|J

投稿日時 : 2019-09-09 15:50:51

更新日時 : 2019-11-27 18:04:19

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