越水城址

越水城(現在は城址)

スポット 歴史

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越水城趾の碑は、現在、大社小学校南東角に置かれているが実際の城はそれより少し北東の桜谷町の高台にあったと思われている。

越水城の立地は標高は約20m。麓との高低差は約10mで、南側を東西に山陽道・西国街道が通り、城から真っ直ぐ南へ下がると戎夷宮(西宮神社)のある西宮町へと続く交通の要所であり、越水(小清水)井戸が湧くところでもあった。。

城域は東西約100m、南北約140m。北側と西側には堀が築かれており、東側は自然な崖になっていたという。
築城は永正12〜13年(1515〜1516年)瓦林城主・瓦林正頼の手による。
(瓦林は今も地名として残る)
慶長十年摂津国絵図はこちらのサイトから➡︎
      (地図の中に古城とあるのが越水城)

1539年には、一度阿波に逃れていた三好長慶の居城となる➡
長慶はここを足掛かりに、畿内を治めていく。
1553年、長慶32才の時に芥川山城に居城を移し、飯盛城で43才で没す。

その後城主は次々に変わったようだが、 最後は、信長の命により越水城・瓦林城は廃城となり、西宮から城が無くなった。

現在も、越水町・瓦林町という地名が残っている。

著者 : 編集部|J

投稿日時 : 2019-08-30 18:37:12

更新日時 : 2019-10-21 18:28:54

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