昔、苦楽園に明礬温泉(明礬谷温泉)があったという。
『西宮歴史散歩案内マップ』(市教育委員会)では、明礬谷温泉は西宮市苦楽園三番町20となっている。
現在、苦楽園市民館の中庭に設置されている道標にその名前が見える。
この道標は、この市民館の近くの苦楽園五番町の個人の私有地で見つかり、この市民館に設置されたという。
平成5年11月の宮っこの記事より>>
西宮小史>> にも、鉄道ができてから大阪で働く人たちのために郊外娯楽施設ができたという記述があり、明治39年「苦楽園明礬谷保勝会」という文字が見える。
また『西宮歴史散歩案内マップ』(市教育委員会)では、明礬谷温泉は西宮市苦楽園三番町20となっているが、数年で廃れたようだ。
県道82号線(大沢西宮線)が夙川を横切る所に明礬橋がある。
今津っ子さんの テクテク日記>> では明治時代の地図が掲載されている。
その後、苦楽園の開発に目をつけた大阪の実業家/中村伊三郎氏が保養所として開発を始め、大正2年(1913年)に兵庫県が調査し、天狗嶽で泉源を発見。ここから管を引いて共同浴場を開設したのが、「ラジウム温泉共同浴場」。
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