和樽作りの文化を守り続け、新しいディスプレイ和樽へも挑戦
全国でも十数社しかなくなった樽屋として、和樽の伝統を守りつづける田中さん
ホームページでは漬物樽や桶のほか、樽太鼓、樽椅子など、さまざまな樽商品を紹介(通販も)
<(株)田中製樽工業所> ⇒
西宮で一軒となってしまった「樽屋」さん・・・樽屋として5代目、「田中の樽」として3代目の田中啓一さんにお仕事や想いをお聞きした。地域では「バドミントンのおじさん」としても親しまれている田中さん。お話ししていると、バドミントンのようにポンポンと言葉が飛び交う。それも専門用語が多く、なんども言葉の意味を聞き返したり、漢字を教えてもらったりの取材だった。
灘五郷の中でも、宮水が沸き大きな酒造地帯であった西宮・今津郷・・・やはり酒蔵と和樽の関係は深く、戦前は酒造関連業者がなんと40数社あったようだ。一口に酒樽関連業といっても「酒樽業」「木取業・・・材料を酒樽業に供給」「輪竹業・・・タガを作る」「樽栓業」「樽木商」などがあるそうだが、ほとんどが廃業し現在西宮ではここ一社だけとなり、全国でも十数社しかないそうだ。
今津駅の少し東、旧国道に面している田中さんの工場に入っていくと、あのすがしい杉の香りが迎えてくれる。
物づくりの心に火がついて、木箱作りから樽作りに・・・
30年ほど前までは清酒木箱、ビール箱など木箱の生産が盛んだったそうで、田中さんは酒樽より木箱作りが中心だったという。「酒樽より3倍くらいの需要がありましたね。」
ところが、徐々にプラスティックの6本入りの箱(通函箱)が主流になっていった。
そんな頃に酒樽作りについてのテレビの取材が入ることに・・・。
「あの取材が契機でしたね。物づくりの心に火が付いた・・・というか(笑)
もちろん、門前の小僧でしたから知ってはいましたが、みっちりと樽作りを勉強しなおしました。」
「樽を作るのは20前後の工程があるんですよ・・・」
その時に撮ったそのビデオを見せていただいたが、まるでマジックのような職人さんの手さばき、仕事振りに口を閉めるのも忘れてしまった。
素人目には、目分量でやっているように見えるがピタッと合うのが職人技。これを勘所(かんどころ)と言うのだろう。
印がないのが田中の樽
物を作ると、それが何であっても何か作った人の名前やマークが入るが、田中さんの樽は何も印がない。
「印がないのが田中の樽・・・で通ってるんです。」
いきさつがどうだったのか分からないが、何か面白い。
最近の鏡開きに使う樽は、結構上げ底が多いらしい。大きくなければ格好がつかないし、かといって多いとお酒が残ってしまってもったいない。
そこで出来たのが上げ底樽・・・きちんと正規の大きさで作って、途中に底をはめ込んで上げ底にする。
そんな「田中型」が出来たのは、先代がご長男(つまり現社長)の結婚式用に作ったのがきっかけだったそうだ。
樽作りに欠かせない道具の文化が和樽作りを支える
「樽や桶は、そもそも日用品なんです。20前後の工程に、2つずつの道具があったとしても全部で40以上ですからね。」
田中さん専用のディスプレイ用の樽つくりの仕事場だけでも、見渡すとたくさんの道具があった。
木で作った道具達は使い込まれてつるつるになっていた。
「この刃物類を作ってくれる人ももういなくなって来ています今、三木市にお一人ですね。」
だから廃業される同業者からの道具を大切にしっかりと受け継がれている。
「これなんかどれほど使って砥がれたんでしょうね・・・」と、刃の部分が細くなったセンといわれる木を削る道具を見せてくださった。
この後、それを使って樽の尻払い(樽の底を削る)という職人さんの最後の工程を見せていただいたが、とても鮮やかな手つきと切れ味だった。
職人さんの集中力が支える
すでに側板用に分合わせ(ぶんあわせ)、正直(しょうじき)等、下準備されたものを立て付け(組み立てる)ところから始まって、目違い取り等外側を削りつっこぶる(中を削ること)。
そして底蓋を込んでいく(そこ蓋を入れ込むこと・・・なんと、木のバットを使ってつついて入れていた)。
下巻きしていた箍(タガ)を樽に合わせ、機械でそれを締める。
最後は尻払い(センを使って底をきれいに削る)するまでの工程を一気に仕上げるのは職人さんの集中力。
「酒樽は容器です。入り身(容量)が大切です。酒が漏ることのない、きちんとした完成品を作るには集中力が必要です。」
少々の酒を飲む酒樽の木・・・
樽づくりに使用されているのは吉野杉。国産の杉の中でも、適度な雨がある吉野杉が一番だと田中さんは言う。
酒樽は、吉野杉を切り倒した時に見える中心の赤いところと外側の白い所の境目部分を使うそうだ。
中心の方の赤い部分に「木香(きが)」があり、あの樽酒の香りの生命線。
外側の白い部分は硬いが、酒は木に徐々に染み込んでいく。一度使った樽の外側が薄く黄色くなってくるのがその証。
「木がお酒を飲むんですわ・・・(笑)」
樽丸(側板)作りでは樹齢70年~100年の吉野杉を使う。
中心の赤みと外側の白みの境目を甲付材といい、甲付(コウツケ)だけで作った樽が最高級とされているそうだ。
最初から漬物樽用に作られるのもあるが、回収された酒樽が漬物樽として手を入れて出荷されるのもある。
お酒を含んだ樽がいい漬け物を作るのだという。
古樽を作り変える「改正樽」は明治の頃から行われてきた技術の一つでもある。
新しい領域・生活雑貨としての和樽
木が好きで、木にこだわって物づくりをしている田中さんは、裸の樽も見て欲しいから・・・と生活雑貨の分野にも力を入れ、販路拡大にも力を入れている。
今、会社の一部をショールームにして、最後の仕上げを見てもらえるような場にしたいと計画している。
明治初期にあった改正樽への再挑戦も心に秘めて・・・。
無くなったら困る業種だから、職人も少なくなり製樽業も減ってきている現実は、反対に今ある製樽業者への期待感は大きい。
「木についての知恵を持ち、道具を使いこなせる職人が刻々と姿を消しています。
先人から受け継いだ樽作りという技術に触れながら、日本の文化の一翼を担って大切にしたいと痛感しています。」
樽作りの文化を残したいという田中さんの気持ちがひしひしと伝わってきた。
生活雑貨の最近の代表として、電子レンジでも使える小さなおひつを見せていただいた。
箍が竹製なのでそのままレンジで使える。
冷凍ご飯もこれに入れてチンするととてもおいしいそうだ。
また近頃は樽太鼓を使う学校や子供会も多く、修理も含めていろいろな相談も増えているという。
「樽や桶はそもそも日用品なんです。」と田中さん。
しかし生活雑貨にすると、より外側が大切になり、作り方は同じでも気を使うところが違ってくるそうだ。
5~6年前からはじめたという酒樽椅子に座らせていただいたが、高さもちょうど良くとてもすわり心地がよかった。
和樽を使った新しい世界が、田中さんの頭の中で大きく広がっているようだ。
株式会社田中製樽工業所
[住所] 西宮市今津山中町6-26
[TEL] 0798-34-0032
[FAX] 0798-34-0032