甲子園球場のグラウンド管理をされている阪神園芸の運動施設部・金沢さんに、グラウンド整備のお話しを伺った。
甲子園球場を支える「My トンボ」球場整備は、目と手と足で・・・
目と手と足と…体で覚えたノウハウを元に「プレイヤーから見たグラウンドメンテナンス」を目標に日本一と言われる球場を支えている。
この人の後を歩きたい!!
「阪神園芸が甲子園球場のメンテナンスに携わるようになったのは30年ほど前ですね。私がまだ入社する前です。」
それ以前は、球場職員の仕事だったようだ。今や伝説ともなっている藤本治一郎(故人)さんは、当時球場職員から阪神園芸に出向し、今の球場メンテナンスの基礎を作り上げた人。
「私は高校生のアルバイトの時に藤本さんを知ってはいましたが、藤本さんがどういう人なのか、その頃は深くは何も知りませんでしたから…。改めて入社してからは藤本さんの技術を引き継いだ辻さんからいろいろなノウハウを学びました。」
いわゆる職人気質の人だったようで、手取り足取りの指導とは違ったようだ。それでも入社した後 将来、この人の後を歩こうと心に決めたことは辻さんに伝わっていたのだろう。
ある年の雨の後のグラウンドに立った時 「この感覚の違いが分かるか??」と辻さんに尋ねられた。
「今から思うと、まだあの時ははっきりつかんではいなかったように思いますね。でも、今でも、決断する時は怖いですよ・・・。」と金沢さんは言う。
雨の後のグラウンド整備の方法とタイミングは、一歩間違えれば取り返しのつかないことになるらしい。そういうデリケートなことがいっぱいある仕事だからマニュアルが作れない。
雨上がりのグラウンド整備の決断の怖さを超えて・・・
甲子園球場の土の固さは、スパイクがサクサク入る程度…らしい。
この硬さを保つためには毎日の整備だけでなく、一年に一度の1月~2月の球場作りがその年の出来を決めると言っても過言ではない。
「球場作りの基礎は、毎年1月~2月に土の部分を全部掘り返して改めて固めて造ります。 その頃に来ていただくとまるで畑のようですよ。
で、それを今度固めるわけですが、それには水が必要です。均一な水と言うと“雨”ですよね。ですからその年の天気が大きく左右します。
どんな雨か、どの程度の雨量か、その後の天気は・・・??このときの仕上がりで、その年の球場の基礎体力が決まってしまうのです。勿論、最善は尽くしますよ!!」
これほど影響の大きいことだからこそ、雨の後の作業工程を決める時の怖さがあるのだろう。
「雨の後の作業のタイミングを決めるのは、本当に目と足と手です。」
その年のグラウンドの基礎が、そんな風に造られているのを知って驚いた。
「甲子園球場は、昔川だったから水はけがいいんだ…って言われますが、そればかりではないんですよ。」と金沢さん。年に一度、そして日々の手入れ、たゆまぬ整備があの甲子園球場を作っている。
グラウンドキーパーが考える良いグラウンドとは
①水はけが良いこと ②吸水性が良いこと ③イレギュラーが少ないこと
一見相反すると思われる、水はけの良いグラウンドと水持ちの良いグラウンドが保たれているのが良いグラウンドだと言うことらしい。
ピッチャーマウンドを頂点に内外野周囲のフェンスに向かって作られている勾配が、いつも均等に保たれていると、それは水はけが良いことにつながり、ここでトンボと呼ばれる道具での整備作業が重要になってくる。
反対のようにみえるが、雨が土全体に染み込んで飽和状態になってしまうと使えなくなる。つまり、水を含んでくれる水持ちのいいグラウンドが必要になる。
踏み固められて土の表面が固くならないように、そしてイレギュラーが少なくなるよう 適度な弾力を保つような土のグラウンドにするために努力されている。
勿論、その日の天気や湿度などに気を配りながら・・・。
あなたの高校に出前します
一日に一試合のプロ野球では、その試合のための満点のグラウンド整備を目指せばいいが、高校野球になると多い日では4試合ある。
「完全に同じというわけにはいきませんが第一試合と最後の試合との落差があまり大きくならないように気をつけています。」
高校野球もプロ野球も同じように野球をやっているが、整備する人の目から見ると気をつけることが違って来るようだ。
春夏の二回、グラウンドを長期間高校野球で酷使した後、すぐにプロの試合が始まるという宿命を持った甲子園だから、それも見越してのグラウンド整備が求められる。
昨年から、甲子園球場のリニューアルが始まっている。第一期工事が終わって現在はシーズンが始まっているが、そのリニューアルの工事期間を利用して各高校への「阪神園芸のグラウンド整備の極意伝授」の出前講習 を展開されている。
「マニュアルも作れない作業なので伝えるのも難しいことなんですが、野球を知っている人に教えるのはやはり教えやすいですね。
例えば、単に土を均すだけでなく、集めてきた土をどこに置くのかという事が重要になります。グラウンドの環境などは違いま すが、野球の動きが分かるとすぐに理解できるんです。こんな動きをするから、土はここに集める・・・ってね。
彼らは今までは、やり方を知らなかっただけですから・・・。」
今年も、出前を受け付けている。土日に限定されると日程調整が難しいかもしれないが、平日ならほぼ大丈夫らしい。昨年は15校ぐらい行った。この記事を読まれた関係者の方、ぜひ検討してみてください。
一番大事なのは、人間の目と手で触れるトンボによる不陸整正
「不陸整正」・・・少々難しいが、要は地面をきれいに均すこと。
と言っても、これが経験が要る。
倉庫を見せていただいたが、トンボ(地面を均す道具)がずらり。
お聞きすると
「はい、それぞれ専用のトンボを持っています。
やはり体格によっても違いますからね。柄の長さも違うでしょう??」柄の長さも違うが、土を均す部分の大きさも違う。
「結構磨り減るんですよ。どうしても真ん中がへこみます。そうすれば、もうきれいに均せなくなりますから自分でここで修理するんですよ。」決して広くはない倉庫に、修理のための台も置いてあった。
「これは、藤本さんの時代から引き継いだものですよ。みんな手づくりです。」先輩の経験を受け継ぐ人たちは、こうして物を大切にしながら先輩の気持ちも引き継いでいるのだろう。
ラインを引くためのロープを巻いてあるのは、折れたバットのグリップが利用されていた。
「私は辻さんが置いていかれたトンボを使わせていただいています。」と金沢さんがいとおしそうに手に取られた。こうして先輩から、野球を愛し、球場を守る気持ちも一緒に引き継がれ、球場整備のノウハウが蓄積されて行くのだろう。
「普段、こんなに高い所から球場を見ることはないです。いい眺めですね~。」金沢さんの視線の向こうにはグラウンド整備する人たちの姿があった。