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「関西文学」編集長  河内 厚郎 さん

「関西文学」編集長  河内 厚郎さん


文化プロデューサーとして、酒蔵文楽や阪神間ナベットミュゼ(文化施設巡回バス)など、数多くのイベントに関わり、西宮の文化発信を手がけてきた。

阪神学を提唱し、近畿各自治体の文化行政からもひっぱりだこの河内さんだが、生まれ育った西宮に今も住まいを置き、折にふれ西宮について語り、寄稿している。生粋の宮っ子とも言える河内さんに、西宮の魅力とこれからの展望をお伺いした。

「関西文学」編集長  河内 厚郎さん

「関西文学」編集長  河内 厚郎さん

1952年、西宮市生まれ
一橋大学法学部卒業
「関西文学」編集長・演劇評論家
夙川学院短期大学教授・兵庫県立芸術文化センター特別参与など、多方面で活躍
最新刊「わたしの風姿花伝」(沖積舎)等、著書多数。

  河内 厚郎さん

付加価値を持つこと。これが大事なんですよ、人も街も

 「西宮市が芸術文化に関連した企業を誘致している。(※1) あれはとてもいいことだと思う」開口一番こう切り出された。

 「文化を産業にすべきなんですよ。文化を精神の余剰、つまり、ゆとりとだけ見るのではなく、産業化する。たとえば車をつくるために、工員が何時間も工場で働くけれど、その工賃よりも、デザインや広告コピーに使う費用のほうがはるかに大きい。それが文化で食べていく、つまり文化を産業化しているということなのだけれど、まだまだその考えが理解されていないんですよ」

とても軽妙な語り口と面白そうな内容に身を乗り出す私たちに、「ただ当たり前に住んでいるだけではだめなんですよ」と、鋭い言葉が投げかけられた。

 「付加価値を持つ人がいないと街は元気にならないんです。どこの国の神話でも、最初に出てくるのはたいがい、英雄と美女ですよね。そこに、やがて知恵を持つ者が現れ、次にパフォーマンスができる者が現れ・・・と多様になってくる。みんな死に物狂いで自分の取り柄を作ろうとしてきた。詩が書ける、料理が上手い、踊りで人を魅了する、歌声が素晴らしい・・・自分に付加価値をつけることでチャンスをつかんできたんです。これは街についても同じ。付加価値を持つことが大事なんですよ。」

※1 西宮市の企業誘致事業。市外にある芸術文化等に関連した企業等が西宮市内の一定の地域に移転または新設する事務所・店舗等の賃料の一部を補助するというもの(2006年9月1日~20日に募集)

たくさんの文化人が西宮で暮らしている
でも仕事の場にはなっていない。もったいないですよね

 西宮北口駅より南側を望む

西宮北口駅より南側を望む

「西宮に関して評価しているのは、選択肢の多さ。その日の気分で、今日は阪神電車で行こう、今日はJRで、と乗り分けているのですが、便利ですね。買い物も、昔ながらの市場があり、生協があり、高級スーパーがあり・・・。選択肢が多いのはいい街です。」

その住みやすさから、多くの文化人が西宮に住んでいる。公表されていないけれど、著名な人もたくさん暮らしているという。「プロデューサーや記者、デザイナーなど、文化を担う職業の人もたくさん住んでいます。だけど、彼らにとって西宮は住むところであり、仕事をするところにはなっていません。それはなぜか。要は、食べられるような仕事がないから。プロとしての力を発揮できる場が、まだ西宮にはないんです。ここが課題ですね。」
 一流のプロの仕事を西宮から発信していく・・・なんだかワクワクしてくる。河内さんの話しぶりは、どんどん人を引きずりこむ魅力がある。

かつては劇場や撮影所があった西宮は昔から芸能と縁が深いんです

産所町にある傀儡師故跡(くぐつしこせき) ・人形操り発祥の地

産所町にある傀儡師故跡(くぐつしこせき) ・人形操り発祥の地

「西宮北口の南側、今の『プレラ西宮』のあたりに日芸会館があったんですよ。戦後、31年ごろまであって、第二次劇団民藝の旗揚公演『かもめ』が上演されました。奈良岡朋子が出演してました。
戸田町のあたりには寄席の戎座や与古道町には花月、今在家には敷島劇場などがあり、にぎやかでした。興行の街だったんですよ。」今の街並みしか知らない私たちだが、河内さんの話を聞いていると、なんとなく当時のようすが想像できて楽しくなってきた。

「今津山中町に日本マーキュリーレコードがあって、西田佐知子もレコーディングに来てましたよ。大正の終わりから昭和の初めには、甲陽園にも東亜キネマの撮影所がありましたし、昭和29年ごろには両度町に宝塚映画の撮影所があり、中村扇雀と扇千景の撮影を見に行ったのを覚えています。森光子さんも西宮北口に住んでいて、今の甲風園あたりが、芸能人村みたいになった時期がありました。」話は尽きない。

谷崎潤一郎、井上靖、遠藤周作、村上春樹・・・西宮に縁のある作家の名前が次々出てくる。文楽や歌舞伎、俳句、演劇など、各分野の名だたる方々が話題にのぼる。さらに話は古典芸能にも及ぶ。
 西宮神社の近くには「傀儡師(くぐつし)」と呼ばれる人たちが住み、えびす様の人形操りを行いながら全国を歩き回り、えびす信仰を広める役割を果たしていた。その傀儡師たちが祖神として崇めた百太夫を祀った百太夫神社が西宮神社境内にある。河内さんは、この百太夫に注目する。
 「阪神西宮の北側を『百太夫広場』にしたらいいと思ってるんです。百太夫にちなんで、西宮を代表する文化人、芸を持った人たち、100人をみんなで議論をかさねて選び出すんです。音楽、舞踊、三味線・・・文学も入れてもいい。一流どころが西宮にはたくさんいるのですから。」そのような方たちを、この西宮流(スタイル)で紹介していけたらさぞ面白い記事になることだろう。

物よりも人に興味がある その「人」が西宮の財産だと思っています

近松原作「冥途の飛脚」に出演 (舞台芸術学院時代)

近松原作「冥途の飛脚」に出演 (舞台芸術学院時代)

「高齢化社会というのは、チャンスだと僕は思ってるんです。
定年になってからでもあと3分の1も残っているんだから。
会社では目立たなかった人が、定年後、趣味の俳句をいかしてカルチャーセンターの講師になるということもある。
かつての上司が生徒にくるという逆転現象も起こりうる。
いろんな価値観を増やしていけばいいんです。」

そう語る河内さん自身が、実に多芸多才。
シャンソン歌手だった時期もある。
舞台で芝居をしたり、週刊誌の連載で様々な職業を体験したこともあるという。
早口でどんどん話題が変わっていく。そのどれもが面白い。
「物には興味はないけれど、人にはすごく興味がある」と言う河内さん。

 なるほど、少年時代の記憶があれほど鮮明なのも、文化を仕事にしようと思ったのも、交友関係が広いのも、人間が好きだからこそなのだろう。西宮を「人」で切り込んでプロデュースしていく、これからの河内さんの活躍がますます楽しみだ。

(取材:木下あきこ)


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