有馬軽便鉄道(国鉄有馬線)

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大正4年(1915年)に開通した、有馬温泉と福知山線三田駅を結ぶ鉄道。
当時は蒸気機関車が走っていた。

当時、年間の湯治客が20万人を超える有馬温泉への足となった全長12.2㎞の鉄道。
下山口にできた『有馬口駅』で取り扱われていた貨物類は、米を中心とした穀物類、山口の特産「竹籠」や「寒天」の原材料や製品等で、駅の構内には日本通運の営業所や山口信用購買組合の農業倉庫があった。
(竹籠や寒天など、山口の産品については山口町郷土資料館で資料を見ることができる。)

しかし、昭和3年 (1928年) になると神有電鉄(現・神戸電鉄)三田線が開通したことで利用客が減少した。
そして太平洋戦争が深刻化し始めた昭和18年(1943年)6月30日、国策により廃線となった。
線路はすぐに、他所で使われるべく取り払われたという。

この線路が通っていた場所の一部が、現在は有馬川緑道として整備されている。

また、山口町中野の十八丁川の谷に、有馬軽便鉄道(国鉄有馬線)の橋脚が永らく残されていたが、県道有馬・山口線バイパス工事のために取り壊された。
(ここの橋脚は、兵庫県の近代化遺産にも登録されていた。)

今でもこの鉄道の名残りとしてひっそり残るのは、公智神社の近くにある光明寺前の西川にかかる「駅前橋」。
このすぐ近くに、当時「有馬口駅」があった。
地域住民からは「山口町駅」にして欲しいという要望が出されたようだが叶わなかった。

駅前橋
駅前橋の近くにあった桜のトンネル(今は片側だけになった)

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