「世界的に宗教とは、『教え・教義がある』『経典がある』『創設者・開祖が居る』『儀式行事を行う宗教施設がある』・・・この4つの条件を満たしているものだとされます。
これで考えると、神社には教義も経典も開祖もありませんので、私たちは宗教家ではないと言われたことがあります。」神主さんの家系に生まれ、5年のサラリーマン生活を経験し、越木岩神社の禰宜として戻ってきた飯森良光さんにお話を伺った。
お坊さんは自分を高めるための修行をし、檀家の方々に説法をするが、神主には教えを説くような場も無い。
「ここにいらっしゃる神の力を信じ、その神様の力に触れ、そして願いを届けて頂く。
そのための仲執り持ちの役目が私たちなんです。
宗教というよりも日本人の慣習を守るための場が神社とでも言いましょうか・・・」
幼少時代から「神社の子ども」という目や言葉のなかで育った飯森さんにとって、それが重い環境だと感じた時もあったようだ。そんな反発心もあって、必死に勉強したし、名前の通った大企業にも就職したという。
阪神淡路大震災の時には、社務所が倒壊し鳥居や灯籠もずいぶん倒れた。
その再建の頃が自分の将来を真剣に考えた時期だったようだ。
密かに教職に魅力を感じていた飯森さんは、大学時代には教員免許も取り、将来のためにと関学中等部のサッカーのコーチもした。
「一般企業に就職して3年目の頃に、親父が病気で倒れたんです。その時に神社に戻らないと行けないかも??と覚悟したのですが、会社の上司から、5年勤めないと勤めた意味が無い・・・と助言されました。幸い父も元気になって。。。その後、こうして神社に戻ってみて、やっぱり一般社会を知っておいてよかったなとつくづく思います。」
仲介者たる神職は、神社に来られる方々の思いも考えないといけない。そんな時には、証券会社の社員として、様々な職業の人と出会った頃のことが生きてくる。
「僕は、神職を究極のサービス業だと思っています。相手の方が、どうしたら気持ちを切り替えることができるかをお手伝いするって、サービス業でしょう~(笑)」
「『どういう風にお参りしたらいいんですか??』とよく聞かれますが、失礼ながら神様を人に例えて説明させて頂きます。
どなたかのお家にお願い事をしに行く時のことを思い出して下さい。失礼の無いような作法でお願い事をして、そして願い事が叶った時には必ずお礼と報告にも行きますよね・・・人に失礼のない様にしたら神様も分かってくれるはずです(笑)」
古来より、神社は人が集まりやすい所、まわりを見晴らせるような所にできてきた。西宮の場合は、甲山が一つのご神体であったのだろうといわれる。
その甲山を守るようにして建つ越木岩神社のご神体は『甑岩』と言われる岩座(いわくら)。
「僕は小さい頃から拝殿の前に立つと、誰かに見られているような感じがしていました。きっと神様です。僕は女の人だと思っています。その時々によって、厳しい目であったり、温かい目であったりしましたね。この他には、甑岩から北の岩座に行く右手に森があるのですが、そこは凄いパワーがあって、なんだか入ったらいけない様な感じがするんです。」
地域の人が幸せになって欲しいと願う神職と地域を盛り上げる活動をする青年会議所(JC)の動きはリンクする事が多いからと地域の活動にも力を注ぐ。
昨年から始まった『cocoro karada 元気フェスタ in 越木岩神社』は、今年も4月29日(祝・月)10時~16時に地域の方々を巻き込んで飲食、物販、施術、ワークショップなどのブースやステージショーなど賑やかに繰り広げられる。
詳細は » »
神様のおられる場所に大勢の方に来てほしい!!そして、神様を感じて欲しい!!何よりも皆さんに幸せな気分になって欲しい!!そう願う飯森さんがしっかりと裏方を守る。
椿まつり・・・
自生のヤブ椿の開花時期にあわせ「鎮花祭」が行われる。
平成25年3月23日(土)11:00~「鎮花祭」
13:00~「椿セミナー」
3月24日(日)12:00~「奉納演芸大会」
<越木岩神社・・・兵庫県西宮市甑岩町にあります。>
拝殿の裏には、地名・社名の由来になった御神体・霊岩『甑岩』が鎮座しています。
甑岩は酒米を蒸す『甑(こしき)』というセイロのような形をしているので、その名が付けられました。
女性守護の神様として崇敬されており、特に安産・子授けの神様として多くの参拝者が訪れます。
また、本殿にはえびすさんの名で親しまれる『蛭子大神』が鎮座し、通称「北の戎」とも呼ばれています。
<越木岩神社ブログより>