報徳学園の北側で武庫川と仁川に沿って細長いエリア。
桜並木が美しい住宅地。
昔の一里山周辺は武庫川の横に松林が広がっていた。
大正の初めごろに、その松林を一括して買い取ったのが大阪の山ノ井氏だったようで、その後宅地造成を行ったのが住宅地にはじまりという。
宝塚に撮影所があった頃は、この辺りの松林を利用して時代劇の撮影がよく行われていたという。
昭和22年に、神戸から現在の報徳学園が移転してきている。
「東の新田」が「一里山」になったのは昭和27年。
旧街道の一里塚がこのあたりにあったことからの地名。
武庫川を渡るための髭の渡しがあったあたりのようだ。