甲陽園本庄町のバス通りに面して、1919年(大正8年)に建てられたこの地域でもっとも古い2階建、地下1階の民家がある。老朽化で取り壊されることになり、1日限りで 公開されることになったが、新聞5紙が掲載したおかげで9月3日午後4時~8時までの限定4時間の公開に大勢の人たちが列を作った。
甲陽園本庄町は、甲陽土地(株)を設立した本庄京三郎氏の名前をとって昭和28年に地名となった経緯がある。開発当時は、この本庄氏が設立した甲陽土地の事務所とカフェパウリスタ、ビリヤード場、たばこ屋などが入った建物だったが、後に個人の所有物となって現在に至っているが、老朽化で建て替えられることとなった。
元は山林であったこの地域を大正7年に甲陽土地が開発し、温泉や劇場、撮影所などを備えた一大行楽地となり、昭和の初めごろまでにぎわった。
一方ブラジル移民の父と言われた水野龍氏が明治の終わりごろに、東京でブラジル珈琲発売所「カフェパウリスタ」を設立した。その後、本庄氏が系列会社として大阪カフェパウリスタを設立し甲陽園店がここにでき、コーヒー文化を伝えた。
※カフェー(cafe)はポルトガル語でコーヒー、パウリスタ(Paulista) はサンパウロっ子の意味。
第二次世界大戦後は、撮影所跡に開業した会社の社宅として使われ、今はそのオーナー家族の住まいとなっている。
建物の中は、カフェの頃からは何度も改修されているが、建物正面の波千鳥のステンドグラスや外観に当時の面影が残る建物となっている。
このあたりの開発とともに、阪急甲陽線が大正13年に開通した。甲陽園駅の駅舎は、今でも昔の面影が残る平屋建ての駅舎で2003年の第4回近畿の駅百選に選ばれた。
近年は、涼宮ハルヒシリーズの舞台の一つとしてこの駅が登場している。