中央運動公園の再整備事業が決まり、完成予想図発表され、2024年4月から解体工事が進み更地になっていた。
建設工事に先立って行われた埋蔵文化財確認調査で、古墳時代から近世に属する遺物が多数出土し、一期目の調査に一区切りがついた2026年2月21 日(土)に行われた現地説明会に行ってきた。
河原町(かわはらちょう)周辺の遺跡
中央運動公園のある「河原町」。
ここに出てきた新しい遺跡は「広田遺跡No3」と名付けられた。
広田遺跡No1/No2は、広田神社周辺の大社町にあり、今回の河原町の遺跡もその一連となった。一連の広田遺跡の一番南の端となる。


発掘現場に立ち、北側を見ると中央のマンション左横に具足塚古墳(6世紀後半に築造された地域首長墓)の茂みと、その左背後に甲山が控えている。

また、ここより西の西田公園あたりから大社小学校辺りは、越水城跡を含む越水山遺跡(弥生〜古墳時代の集落跡)がある。
”河原町”という名前からもわかるように、この辺りは川の流れがあったのではないかと思われている。
現在近くを流れている東川の流れも、はるか昔は、もっと違った場所を流れていたのかもしれない。
遺跡の横では、地下水を汲み上げているようだったが、きっと水脈があるのだろう。
中央運動公園の一期調査で分かったこと
発掘調査は一期と二期に分けて行われるようで、今は新陸上競技場スタンド及び新体育館(南側部分)の建設予定地付近の一期調査の途中。
一定の区切りがついたことから、出土品の一部なども含めて現地説明会が行われた。

今回の現地説明会では、第一面では鎌倉〜室町の中世の遺構、第二面では鎌倉時代の中世の建物跡や井戸、第三面では古代奈良時代の流路などが確認ざれている。

第一面:人が掘った穴や柱穴、溝、流路、土師質土器、瓦器などがあったことから、中世以前の流路が埋まった後に、鎌倉〜室町の中世の人の営みがあったと思われる。
第二面:掘立柱建物跡や井戸の存在から、鎌倉時代に人の営みがあったと思われる。井戸は曲物の桶を積み重ねて井戸枠にしていたと思われる。

第三面:調査区の西側で見つかった流路では、底を打ち抜いた土器や、上下逆さまにした状態の土器が見つかっていることから、儀礼行為が行われていたのではないかと思われている。
これらの調査の詳細は、令和11年度末頃をめどに「発掘調査報告書」としてその成果がまとめられる予定。
会場の一角には、出土品の展示もあり多くの人が興味深く見守った。



中央運動公園の今後の整備予定
スポーツ・レクリエーション活動の拠点となっていた中央運動公園の再整備事業は、災害時の活動拠点としての機能の充実も図ることを目的に計画が進められ、開発業者も決まり完成予想図もできていた。

建設作業に先立って行われた埋蔵文化財確認調査で、複数の時代の埋蔵物が確認され、その発掘調査が始まったことで、新施設の完成は当初よりおおよそ3年ほど遅れる見通しとなっているようだ。
<全面供用開始は当初から3年程度遅れて令和14年(2032年)3月頃となる予定>



























