少し前に、西宮流のサイトにこんなお問い合わせが来ました。
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「昭和40年頃までは間違いなく存在していた?と記憶しています。
甲子園球場の北側、駅の西口と43号線の間にあった、公園のような場所で、
石造りの非常に大きなモニュメント?噴水?のような物があり、
仲間では、ツルテンピーカーと呼んでいた場所がありました。
誰かご存じの方居られませんか?」
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市の情報公開室(市史編集室)で上記の件をお尋ねしてみましたら
下のような写真をお借りする事が出来ました。
これが、上記の質問者のお答えになっているのかどうか分かりませんが
この場をお借りして掲載させて頂きました。

まず、昭和38年10月の写真です。
多分、この写真の真ん中に見えているゲートの左横のモニュメントではないか???と勝手に想像。

次に昭和44年4月の写真です。
そのモニュメントが少し大きく見えます。信号と少しかぶっていますが・・・・
お尋ねの方が「ツルテンピーカーと呼んでいた。」とおっしゃっているので
左の方に見えるモニュメントのまわりの4つの玉が、そうかな???と思っているのですが・・・・(笑
このモニュメントの真ん中には、阪神電鉄の初代社長であり、阪神タイガースの生みの親と言われたりもする「外山脩造氏」の銅像があったようです。
(どうやら、第二次世界大戦で供出されて無くなったようですね。)
==この数年後、SNS上でのやりとりで 上記の推測が正解だったことが判明しました。==
西宮芦屋研究所員です。「ツルテンピーカー」が石造りのものということならその正体はわかりませんが「ツルテンピーカー」は禿げ頭のことを指していましたので、右下の方に櫓の上の球状の物体も「ツルテンピーカー」と言えなくもありません。
実は、この球状の物体には「吉原製油ゴールデンサラダ油」ということが書かれてあったと思います。この会社の社長は画家として有名で具体美術協会を立ち上げた吉原治郎氏でしたのでこのような広告塔を作ったのではないでしょうか? <西宮芦屋研究所員さま ありがとうございました>