「入社して11年目です。すでに辞められた熟練の職人さんのお手伝いをさせていただいたのが始まりです。」
そう語る村上さんにお話を伺った。
上生菓子は季節感を抽象的に表します。自分の思いを込めて表現できる楽しさが好きです・・・
職人という言葉にしては、高山堂の“工芸菓子”作りの村上久美さんはまだお若い女性。
工芸菓子は旬を大切にする、和菓子の真髄
工芸菓子とは、江戸時代に大奥で鑑賞された”献上菓子”がその始まり。食べられる素材で作られており、身近な花鳥風月を写実的に表現した大作。つまり、お菓子の芸術品と言える。普段、それ程身近ではないが、何か大きなイベントがあったりした時に作る。
西宮で毎秋に開かれる「和菓子まつり」では、この工芸菓子を楽しみにしている人も多い。
しかし自然のものの写実だけだと、かえってありきたりに見えてしまうのが“工芸菓子”の難しさ。季節感を重視しながら組み合わせやバランスにも気を使い、見栄えのするものに仕上げていく。
作る人の感性によるところが大きい。普段から、本物をじっくり見るようにしていたり、違う分野の日本の伝統工芸の展覧会などにも足を運ぶ。色合いの使い方などがとても勉強になると言う。
「普段のお菓子作りは、衛生的なことが一番です。また、手の温度で材料が柔らかくなるので、作業を早くしないといけないんです。」と村上さん。
でも工芸菓子は、食べられる素材は使うが、食べるのもではないので、おのずと作り方は違ってくる。
「基本的な材料は、白あんに砂糖や米粉を混ぜ、それに色を付けて使います。微妙な色目の表現は、勘で混ぜますね。」例えば、葉っぱと違って花びらは柔らかい感じを出さないといけない。そのためにはかなり薄く延ばして作るという。鳥の羽根のフワフワ感を出すのは本当に難しいようだ。
「昨年の和菓子祭りに合わせて作った“極楽鳥”も、仕事の合間ですから2か月近くかかったでしょうか??最後の組み立てだけでも一週間ほどかかってしまいますから・・・。」
どんな作品にするかというテーマは、上司と一緒に考える。しかし、そのテーマをどう表現するかは村上さんの腕と感性にかかって来る。「極楽鳥はあの尻尾の長い羽が難しかったですね。同じものは二度と作れません(笑)」
最初は自分には無理だと思ったという村上さん。でも、その前年に作った「金鶏鳥」が大きな自信になっていたようだ。今年の「極楽鳥」がきっとまた、更なる飛躍になっていくのだろう。
キャリアと共に、だんだんお饅頭のようなふわふわの掌に・・・
「ゆっくり丁寧、早くて雑は誰にでもできる・・・とよく注意されました。」と村上さんは振り返る。
「毎日が勉強。日々どうしたらいいかを考えていたら、おのずと分かって来るもの。」
先輩の職人さんのそんな言葉が、今でも耳に残っているという。
独り立ちした今も、作業しながら思うのは「これを作ることがすべてではなく、日々やっていくこと。」それは、先輩か後輩へと引き継がれていく時間でもある。
例えば、昔から伝わっている、和菓子作りのための小さな道具たち。
一つの道具でも、その部分や使い方によっていろんな使われ方があり、それを使って細かい表現を可能にするのが職人の技。
例えば、よく使う「三角べら」も3つの角の形状がそれぞれ違う。
和菓子を作る工程では包餡(ほうあん)という作業が難しいらしい。
文字通り、餡を包んでいく工程。職人が最初に乗り越える一つの大きな壁だという。いくつもの壁を乗り越えて来た村上さん。「最近、自分の手が変わって来たような気がしているんです。なんだか、手のひらがお饅頭のようになってきたみたいで・・・。」
村上さんの言葉に、思わず職人の手を見せていただいた。
様々な作業の中で、タコが出来て硬くなっている指があったり、反対に、掌(たなごころ)はフワフワのお饅頭のよう。絞ったり、つかんだり・・・という作業をその手が覚えているのだろう。
フワフワの掌(たなごころ)から魔法のように上生菓子が生まれていく。
いつか、鳳凰を作ってみたい・・・
「この鳥、動いてるよ!!」昨年の菓子祭りの会場での出来事。
子どもがお母さんに言ったその言葉に「据え付け方が悪かったのか??」と驚いて振り返ったが、どうやら子どもの目には極楽鳥が動いているように見えたということだったようだ。
「あの言葉は、本当にうれしかったですね!!」いつも静かに淡々とお話してくださる村上さんだが、このときはとてもうれしそうな笑顔だった。
上生菓子は季節を先取りしながら作っていく。
工芸菓子の写実的な表現に対し、上生菓子はあくまで抽象的な表現(デフォルメ)で四季や花鳥風月が作られる。
「一つの季節に4種類ぐらい作っていくのですが、走り・旬・名残リ・・・などに気をつけて作ります。思いを抽象的に表現していくことが楽しいですね。」
世界に一つだけの上生菓子が作れたら素敵だな・・・と思いながら、村上さんに聞いてみた。
「出来ますよ!!」頼もしいお返事が直ぐ返ってきた。
例えばバースデイプレゼントなどで、世界でたった一つ自分のイメージの上生菓子を貰ったら嬉しいかも???などとみんなで盛り上がった。
相手の求めるイメージを聞いて、それをオリジナルの上生菓子として表現していく・・・こんな風に新しいことに挑戦しようという姿勢が、また技術を習得していくことになるのだろう。
「いつか鳳凰を作ってみたい・・・」という村上さん。
その夢が叶う日も、そう遠くはないだろうという気がした。
「先日の取材の時に盛り上がった、世界で一つだけのオリジナル上生菓子を作ることになったんですよ!!」
ある日、高山堂の竹本洋平専務からこんな電話が入った。
お聞きすると、竹本専務の友人から依頼された友人の奥様へのバースデイプレゼントだとか。 「あの時の話が頭に残っていましてね・・・。瓢箪から駒です!!」と竹本さん。
乗りかかった舟。急遽、その製作現場にお邪魔することになった。
今回の依頼は2月生まれの奥様へのプレゼント。
「奥様のお誕生日の花を調べたり、奥様のイメージをお聞きしたりして作りました。これまでに作ってきた材料や色などを組み合わせて考えましたが、気に入っていただけて本当に良かったです!!」と安堵の表情の村上さん。 2月の誕生石のアメジストをイメージした色使いで、まるで宝石のような錦玉羹(寒天ゼリー)の飾りが付いた『きんとん』と真っ白いユリの花を表した『煉り切り』の二つの上生菓子が完成した。
抽象的に表現する上生菓子だからこそ、ご主人から言葉を添えての奥様へのプレゼントになるのだろう。口に運ぶまでの時間がきっと、ゆ〜ったりと流れるのだろうな・・・と思った。
高山堂
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