鳴尾地区というのは、西宮市内の他の地区と比べても地域の結束が強いように思う。
戦後、西宮市に合併した「鳴尾村」だが、戦前から既に高等学校をつくっていたりという歴史が今に続いているのだろう。
鳴尾中学校には地域の方々が使える部屋があり、地域のさまざまな資料の展示があったり、時々ここでイベントなども開かれている。
こうして、歴史や思いが引き継がれていくのだろう。
今回はそんな地域の方々が主催する会で、西宮市郷土資料館の学芸員からずっと気になっていた「砂浜神社」について学んだ。
当時、ホンマチさんと呼ばれていた4代目辰馬興三左衛門義重(主計)が、江戸時代に突如、それまであった古祠から神社をおこした。
一時期隆盛を極めた「砂浜神社」を鳴尾の新田に創建した。
当時、地元の漁師からは「辰の宮さん」と呼ばれていたという。
この新しい神社の創建には、当時の権力闘争も絡んでいたという背景も知り、今は無い「砂浜神社」やその長い松林を思い浮かべてみた。
桜町天皇の御冠が下賜され御神体となっていたという砂浜神社は、明治時代には廃社となり鳴尾八幡神社に合祀されている。
砂浜神社があったとされる現在の中津公園のすぐ南にある白髭稲荷社の由緒には、鳴尾村民からの篤い信仰があり何度も再建されたと書かれているが、砂浜神社の末社であった稲荷社は、今も丁寧に祀られている。
























