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ドローイング・アーティスト JUNICHIさん

 8歳から西宮市在住の「宮っ子です」とうれしいことを言ってくれ、「どうぞどうぞ」とお菓子を勧めてくれるJUNICHI君(「JUNICHIさん」と書くと別人のようで、失礼ながら、ここからは君付けにさせていただいた)。窓の外にアートのような夜景の広がるご自宅で、絵のことや高校生活のことなどについて伺った。


ドローイング・アーティスト JUNICHIさん
1989年「ベルリンの壁が崩壊した年に僕は生まれました」。現在は卒業間近の高校3年生。
「平和」をテーマにしたチャリティ個展活動に力を注ぐほか、ポスター制作、CM広告、環境アニメの原画制作などを多数手掛けている。
作品集は「Flowers」(マガジンハウス出版。環境を考える絵本で『五体不満足』の乙武洋匡さんが文章を担当) 、「JUNICHI-EURO」(マガジンハウス出版。自身がデザインした天使のバスに乗っての2週間のヨーロッパ旅の絵)など。

ポスターで大阪国際女子マラソンを応援

今年の大阪国際女子マラソンのポスター。オリンピック年の今年、いっそう気合が入ったという。

1月27日に開催される大阪国際女子マラソンの公式ポスターは、JUNICHI君が手がけている。8年前から大阪国際女子マラソンのTV放送用イラスト制作に参加し、公式ポスターの制作は今大会で5回目となる。
「世界で開催されているマラソンをテレビで見ながら、選手の皆さんがどういう気持ちで走って、どういう気持ちで走り終えるんだろうと想像して、イメージを固めます。優勝した選手がゴールした瞬間に言う言葉からイメージをもらったり…」
「今回の大阪国際女子マラソンは北京オリンピック出場をかけた戦いなんで、僕も気合が入りました」

できあがった公式ポスターのテーマは「あきらめない」。出場選手の宿泊するホテルや長居競技場などに飾られ、「最後まであきらめないで」とアスリートを応援している。

6歳のときNYで描いた「リバティ君」

JUNICHI君がドローイングを始めたのは、6歳のとき、子供服のデザイナーをしていたお母さんに連れられてニューヨークへ行ったのがきっかけ。
お母さんによると「彼を連れてる方が、子供の行きそうなところへ行ってリサーチしやすかったので」とのこと。
「僕はまだ小さくて英語が話せるわけでもないので、渡されたのがスケッチブックとボールペンだったんです」

 それから「紙とペンさえあれば描いてた」というJUNICHI君。その絵をたまたま見たカフェギャラリーのオーナーに「うちで個展をしましょう」と言われ、8歳で初の個展を大阪で開く。
このとき「名前も年齢も隠しました。いつでもやめられるように」とお母さん。

「MIX-DRAGON」赤(2006年3月制作) 韓国ソウル個展「Friend」でも人気を博した

でも、JUNICHI君の描く絵がどんどんたまっていくのに比例して、ファンは増えて話題になり、東京などでも個展を開くようになる。
出版社も訪ねて来て、初の作品集を出版。この作品集の表紙には、6歳のときに自由の女神の足元で描いた「リバティ君」が採用されている。(原画はすべて大切にとってあり、ひと部屋を占領しているそうだ。)

5歳でもうパソコンのお絵描きソフトで遊んでいたというJUNICHI君は、A4のコピー用紙にボールペンで描き、それをパソコンに取り込んで色付けするという方法をとっている。「鉛筆を使わない描き方が好き」で、失敗したからと紙をクシャクシャに丸めて捨てることもないという。
「消せないペンで描くと線の迷いがなくなって集中できるし、ゆがんだ線も個性があって僕はけっこう好きです」

テーマはLOVE&PEACE、エコにも深い関心

JUNICHI君は絵を習ったこともないし、美術部に所属したこともない。中学校のときに入っていたクラブは理科部。
その理科部は「伝統として毎年夙川の水質調査をしているので、僕も調べて、前年のデータと比較したりしました」最近、夙川の付近では蛍が見られると聞くが、「僕が中3のときに蛍の幼虫が見つかったんです」
阪神大震災のときは5歳で大阪市に住んでいたJUNICHI君だが、8歳で西宮に引っ越してきて、10歳のときの復興キャンペーンには「JUNICHI」としてドローイングで参加。
その後12歳になる直前、ニューヨークで同時多発テロが起きる。

「大好きなニューヨークが破壊されてショックを受けました」 そしてJUNICHI君は「平和」のためのチャリティ個展活動をスタートさせる。テロ後のニューヨークで開いた個展は、ニューヨーカーの間だけではなく、世界中で好評を博した。

 JUNICHI君は環境問題にも深い関心を持っている。
「大阪の舞洲で子供環境サミットがあったとき、環境啓発のためのキャラクターを描いてくださいと言われ、僕はちょうど小学校の道徳で環境問題を習っていたので、自分なりにもっと調べてみました」
「そのときから、できることをやっていこうかな、と思って」

たとえば、高校生になると水筒を持っていく人は少なくなるが、JUNICHI君は「毎日のことでゴミを出したくない」と水筒(タンブラーボトル)を持参。そしてそのタンブラーに自分の絵をつけてマイエコタンブラーにしてしまう。

そんなふうに鮮明なテーマ、伝えたいメッセージを持って描き始めたJUNICHI君は、「ドローイング・アーティストJUNICHI」となる。
「ドローイング・アーティストというのは僕がつけました。いちばんしっくりくるので」

世界が見ている JUNICHI.COM

LOUIS VUITTON銀座並木通り店にて

最近のJUNICHI君の大きな活動は、まず2006年3月、韓国ソウル市での個展「Friend」。アジアの若者と交流し、ポップアートが大反響を得る。
 2007年9月8日~11月9日にはルイ・ヴィトン銀座並木通り店でスペシャル・インスタレーションが開催された。前年にルイ・ヴィトンのパリのアトリエを訪れ、そこで感じたことにインスピレーションを得て職人さんたちを描いたオリジナル・アート「beautiful people」(美しいものを作る人は美しい)が、街行く人の目を引いた。

「大きなアルミにシルクスクリーンで仕上げるというのは初めての経験でした。たくさんのスタッフに助けてもらって、イメージ通りの作品ができました」

ここ数年続けているアフガニスタン難民支援活動に、2007年も図柄のデザインで参加した。テーマは「鍵」。「アフガニスタンの子供たちも地球上の他の子供たちと同じように、夢と希望の鍵を持って生まれてきている。そのことを忘れないでね」というメッセージが込められているそうだ(アフガニスタンの人々によって織られた JUNICHI君デザインのじゅうたんは、日本でネット販売され、難民支援資金に当てられる)。
そして12月の初めに大阪国際女子マラソンのポスターを仕上げたあとは、名古屋でアートなクリスマス展「星の少年」。

公式ホームページのトップページを飾る絵(2008年1 月現在)

 これらのJUNICHI君の活動の様子は、公式ホームページで見ることができ、外国からもファンレターが届くという。(http://www.h6.dion.ne.jp/~junichi/)。
そのホームページには、JUNICHI君の撮った写真や文章で綴る「気まぐれ日記」も載っている。「来週は学期末テスト。だけど余計に絵を描きたい!」「期末テストも終わったし、…さぁ、絵を描こ!」と高校生JUNICHI君の姿がある。
それを見ていると、自分はテストが終わったときに何をしたかったんだろう、JUNICHI君のように好きなことを続けてきたんだろうか、と考えさせられた。

以前にアメリカの日本人学校で「僕はこうやって好きなことをずっとやってきた」という話をしたとき、子供たちから「やめちゃった野球をまたやります」「サッカーを続けます」という手紙をもらったそうだ。JUNICHI君のホームページは、大人たちの心にも大いに刺激をくれる。

「弁当制作生活」を見事に続けた高校生活

手打ちうどんもお得意。秘伝の技(?)を9歳のいとこにも伝授

JUNICHI君が「制作」するのは、絵だけではない。高校に入学したときからお弁当を自分で作ってきた。卒業を控えた3学期はお弁当のいらない短縮授業だそうで、このたび見事に最後のお弁当も作り終えた。

「高校に入るときにお母さんに『僕が作る』と言っちゃったから、作ることになって…」「ほとんどサンドイッチ、ホットドッグのヘビーローテーションで、腕はあんまり上がらなかったけど、充実感でいっぱいです」

取材の中で盛り上がったのは「さぬきうどん」作りの話。
「さぬきうどん愛好会」の人に手打ちをごちそうになったのがきっかけで、香川から粉を取り寄せる本格派。のばし棒、麺切り包丁、板…と道具も揃っていったとか。こねて寝かせ、足で踏んで寝かせて、トータルで4時間。「踏むことによってコシが出るんです」その手打ちうどんをお弁当に持って行ったことも、もちろんあったそう。
 「ひどいのもありました」という代表は、容器にコーンフレークを入れ、魔法瓶に冷たい牛乳を入れて持って行ったお弁当。「夏はそうめんを持って行ったし、そのときもツユを入れるのに魔法瓶ってとても便利です(笑い)」

 学校のお友達にからかわれなかったか心配して聞いて見ると「珍しがられたのは最初だけです。それが普通になっちゃったから」とのこと。
「僕に感化されて、お弁当を作ってきた友達もいました」と聞くと、 JUNICHI君の絵を見たときのように、とても温かい気分になった。

自分のやっていることを広げていきたい

「JUNICHIの感性が育つ時期は自然豊かなところですごさせたかったので、ここへ引っ越してきました」とお母さん。自宅近くの山にお父さんと登り、北山緑化植物園を家族揃って散歩をする。大きな作品に取り組む前には「越木岩神社へパワーをもらいに行く」そうだ。

 そしてこの春、JUNICHI君は高校を卒業する。「まだ行き先は確定していない」とのことだが、海外へ留学の予定らしい。
「日常会話くらいは通じるようになってきたから、影響をうけたところに戻りたいし、いろいろなことを経験したいから、行ったことのないところへも行きたい」
「新しい表現方法を学んで、自分のやっていることを広げていきたいと思います」

消しゴムで消したりクシャクシャ丸めて捨ててしまわないJUNICHI君だから、これからの新しい体験を、きっと新しいドローイングで私たちに報告してくれるだろう。それまで、ここ西宮で楽しみに待っていよう。

取材/若林 益子



掲載日:2008年1月10日

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