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ダンスリールネサンス合奏団リーダー  岡本 一郎さん

 岡本一郎さん率いる「ダンスリー・ルネサンス合奏団」は、日本の中世西洋音楽「ルネサンス音楽」のパイオニア。日本、フランス両国でコンサートを開き、35年間多くのファンを魅了している。国内でさまざまな賞を受賞。坂本龍一氏とのコラボレーションやフランス大使館で昭和天皇とミッテラン大統領のために御前演奏をするなどの偉業を成し遂げて35年。古楽器を使った演奏技術のみならず、プロデュース力にも評価を集めてきた。


ダンスリールネサンス合奏団リーダー  岡本 一郎
【プロフィール】
1935年、大阪生まれ、西宮市在住。
関西学院大学経済学部卒業、ギリシャ国立音楽院卒業。
1972年、日本初の、ルネサンス音楽を専門とする「ダンスリー・ルネサンス合奏団」を創立し、関西を中心に海外でも公演を展開。
第23回ブルー・メール賞受賞。
全国的にファンを集めている。
同志社女子大学、相愛大学にて講師を歴任。

情熱を注ぐ音楽との出会い

 当時の日本では、ほとんど耳にすることができなかった古楽器。「ダンスリールネサンス合奏団」では、日本の琵琶のルーツといわれる撥弦楽器、リュートをはじめ、フィーデル、レベックなど、さまざまな古楽器を用い、その音を現代によみがえらせた。「ヨーロッパでルネサンス音楽と出会った喜びを、より多くの人たちと分かちあいたい」という岡本さんの情熱には、これまでどんな出会いがあったのだろう。

 「生まれて初めて聞いた音楽は、三味線奏者の母が鳴らしていた音」という岡本さん。関西学院で過ごした中学、高校、大学の青春時代。中学3年のときに出会ったのが、ウクレレとギターだった。幼いころから、弦楽器には馴染みがあったが、その旋律にみるみる夢中になったという。大学時代は、マンドリンクラブに所属。クラシックギターを近藤敏明氏に師事した。3年生のとき、第4回全日本ギター音楽コンクールにソロで出場。見事、全国で2位になった。そのとき、「もしや音楽で飯が食えるかもしれへんぞ、と思った」と岡本さんは笑う。

 大学卒業後は、毎日放送でテレビ局のディレクターに就いた。しかし4年半が経っても音楽への情熱は消えず、ヨーロッパへの音楽留学を決意。ギリシャ政府給費留学生として、ギリシャ国立音楽院ギター科で学んだ。フランス、イギリス、スペインで、オスカー・ギリア氏、ジュリアン・ブリーム氏、ホセ・トーマス氏に師事。また、ギリシャの語学学校では、のちに人生のパートナーとなる、美術留学生だったマリボンヌさんに出会った。

 岡本さんの経験と、さまざまな出会いを大成するように惹き付けられたのが、「ルネサンス音楽」の演奏会。ちょうどその頃、ヨーロッパでは、ルネサンス文化の復興が盛んになっていた。「こんな面白い音楽をやりたい!」と感銘を受け、自分が進むべき音楽家の道に希望を見い出した。1970年に帰国後、早速仲間にルネサンス音楽の魅力を伝え、1972年、「ダンスリールネサンス合奏団」を結成した。

「ルネサンス音楽」の再生にかけて

ダンスリールネサンス合奏団1

長年の気の合うメンバーでの演奏会は楽しい


ダンスリールネサンス合奏団2
 ルネサンス音楽とは、15世紀から16世紀にヨーロッパで作られた西洋音楽。ポリフォニーと呼ばれる、多声楽曲形式を主として、声楽に加えて楽器が演奏の中で重要な役割を果たすようになった時期といわれている。
 しかし、「ダンスリールネサンス合奏団」立ち上げ当初の日本では、古楽器も譜面も出回っておらず、手に入れるのにひと苦労。相愛大学や大阪音楽大学の博物館から楽器を借りるも、資料用として保管されていた楽器は、とてもいい音を出せるものではない。それらを扱える職人もいないことから、メンバーらは、初めて向き合う古楽器の手入れに骨を折った。
 また、譜面や資料をフランスから取り寄せたが、ルネサンス音楽の譜面や資料の多くはラテン語で書かれている。それには、妻のマリボンヌさんの語学力が力添えとなった。

 「ダンスリーで演奏しているのは、舞曲集。地方では、民族音楽として今も脈々と息づいています。街ではその音楽が流れ、人々が楽しく踊っている。そんなのじゃ躍れないよ!なんて言って、合奏団の志気を上げていました」と、マリボンヌさん。コーディネーターとして、チラシデザインから舞台演出など、クリエイティブな仕事をこなす彼女の存在は大きい。2年後、京都と大阪で演奏会が実現。今や関西古楽界の老舗といわれる「ダンスリールネサンス合奏団」の始まりとなった。

パンフレット1

チラシのデザインや舞台演出ではマリボンヌさんが夫を支える

 岡本さんいわく、民族音楽と宗教音楽が融合したものが「ルネサンス音楽」。「ダンスリールネサンス合奏団」の演奏を聞いた人々に、その音楽は新鮮に響き、また同時に懐かしさを感じさせる。たちまち人気を博した合奏団は、「大阪文化祭金賞」、「ブルーメール賞」、「兵庫県立芸術奨励賞」を受賞などを次々と受賞。日本コロムビアからCDも出した。また、活動は国内に留まらず、海外公演でも好評を得、東京・フランス大使館において、昭和天皇とミッテラン大統領の御前演奏をし、フランス政府に招聘され、「ロワール河音楽祭」に出演した。

好きなことには地道な努力を

ダンスリールネサンス合奏団3

リュートを弾く岡本一郎さん

 日本の文化になかったことを始め、人生をかけるのは「冒険」だった。上向きの経済情勢もあいまって、年に50回、60回と音楽会の仕事が入っていた。「好きなことを見つけたら、行動して、地道に努力し続ければ何とかなるもんや」と、胸を張る岡本さん。しかし不景気といわれるようになってから、芸術家たちの仕事は少なくなった。

 「音楽家などの芸術家にお金や仕事が回ってくるのは、一番あとだと言われているので、今から音楽をやろうという若い人たちは、勇気がいると思う。けれど、そういう時代だからこそ、音楽が必要なのかもしれない。情勢も、きっと変わるだろうから」。

 話は、現代の若者たちに伝えたいことへ。
 「昔は1枚のレコード、1枚の楽譜を手に入れられただけでも、どんなに感激したか。仲間に早く聞かせたくて電話口でレコードをかけたり、早くやってみたい!と楽譜を見つめ、奮えたもの」。楽譜が出版されてもいない時代だった。今や、インターネットで簡単に世界の音源や楽譜が手に入る。便利さゆえに、薄れてしまう喜びもあるのではないかと、懸念する岡本さん。
大切な楽器

出番を待つたくさんの種類の楽器達

楽器も楽譜も、一つひとつが宝物。阪神・淡路大震災のとき、自宅は全壊したが、奇跡的に楽器は無事だった。被災の最中、ほっと胸をなでおろし、「よかった」とつぶやいた岡本さん夫妻の姿が、目に浮かぶ。

 「西宮は、離れたくない場所」。
 建て直した家は、それ以前と同じように、人が集まって練習できる造りにした。岡本さんが子どものころから育ってきた街、仁川の地域。マリボンヌさんも、初めて日本に来てからというもの、西宮に親しんでいる。町から、楽器を練習する音がよく聞こえてくる場所。音楽を愛する地域性は、人から人へ、自然に伝わっているのかもしれない。

35周年を迎えた「ダンスリールネサンス合奏団」。
岡本さんのこれからの夢とは――。

 「もし、今私が20歳に戻れたとしても、もう一回リュートをやりたい。まだまだリュートのレパートリーで弾きたい曲がいっぱいある。今演奏できているのは、持ってる楽譜の十分の一くらいやと思う。せめて半分くらいは演奏したい」。

 イベント情報
 2008年1月27日(日)15:00開始
 会場:兵庫県立美術館 アトリエホール

 25年前から現在も、OBである関西学院大学のマンドリンクラブの技術顧問を務めている。10月に行われた90周年コンサートでは、100人近いアンサンブルでステージを行った。90年もの時をつなぐコンサートだった。

 時代と距離を越えて伝わる音楽。古い楽器や楽譜を研究し、現代に感動を届けたいという岡本さんの思いは、一つひとつの活動で実現されている。そして、周りには、同じく音楽を愛する仲間が集まっている。「少しでも多くの人と、感動を分かち合いたい」という岡本さんの冒険は、これからも続く。

取材/沖 知美



掲載日:2007年12月12日

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