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夙川の舞台で、伝統芸能 能の魅力を伝える  観世流 能楽師・シテ方 上田拓司さん

演じる側の心の成長が能の大きな要素

鞍馬天狗の公演中

鞍馬天狗の公演中

それまで舞台の上で「悪」と考え、表現していた事柄が、違う角度から見えるようになり、「悪」とは何だろう?と考えるようになる。
 「能には、そんな要素があちらこちらに散らばっているんです」と上田さん。

「父とお風呂に入ったとき、曲の時代背景やエピソードなどを聞いていた覚えがあります。また、学生時代には、『三国志』など興味があること、演じる曲について勉強しました。」
観世流は、212の曲を有し、それをすべて覚えて演じられることが基本。「限られた所作の中での表現、美しさ、技術の向上は能楽師が一生追い求めていきますが、そこに表現されている哲学観や宗教観などは、書物や稽古だけでは計り知れません。
能楽師の家に生まれ、書物や能面装束、舞台が周りにある状態は、能を途中から始める人に比べると恵まれています。しかしそこから先、どう学んでいくかは自分しだい。演じる側の心の成長が、能の大きな要素といえます。」

人々が懸命にやってきたことが、伝統となる

室町時代は、内戦状態が長く続き、明日の我が命さえ確かでないという時代。日照りが続いて作物が取れず、水不足や疫病に悩まされ…隣の部落を襲撃したり。人々の生活は、現代とは全く違う善悪の価値観で行なわれていた。
「今、安全であったって、次の瞬間そうであるかわからないという、この世の無常。そこで起きる災難や苦しみ、悲しみを舞台上で表現し、『人間とは本来どういうものなのか』という不変のテーマを考えさせられる能は、観客にも演者にも、どの時代にも共感を与えて今まで続いてきたのではないでしょうか。」

時代により、考えはさまざまに移り変わってきた。しかしいつの時代にも、能について必死に考えて演じてきた人がいて、感動する観客がいた。
「ふと後で振り返って、『100年続いた』というものを伝統と呼ぶのでしょう。」とほほえむ上田さん。
古きよきものを伝え、残さないといけないという、現代社会の焦燥感は感じない。「皆、自分にとっての能を求めていってほしい。素晴らしいものであれば残っていくだろう」という言葉を聞き、改めて能の伝統に誇りを感じた。

日芸会館 日芸会館の建設に尽力された先々代
西宮北口駅前、兵庫県立芸術文化センターが建っているあたりには、1950年ごろ「日芸会館」という立派な劇場があった。劇団民芸が旗揚げをし、能や歌舞伎、文楽も上演されていた。(写真左)
この劇場の建設に中心となって尽力されたのが、上田拓司さんの祖父にあたる上田隆一氏。
劇場の完成を待たずに亡くなった隆一氏のお墓は満池谷にあるが、西宮北口の方角に向いて建てられているという。


掲載日:2007年8月9日

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