【第3回 西宮の風物 えべっさん】十日戎昔と今と

昭和30年代 航空写真 西宮神社付近

本殿・拝殿・社務所・儀式殿など主だった建物は根こそぎ空襲で焼失したが、祭礼は昭和21年からずっと行われ、人々に福を授けてきた。仮本殿は中部商店復興組合の尽力もあり昭和22年に建設された。

昭和28年 南東方向からみた西宮神社

道路はまだ舗装されておらず、広々とした神社前。吉兆屋がいくつか店を構えるくらいだが、一角の人だかりは奉納演説か。

昭和28年 仮本殿前の風景

昭和30年代 拝殿

昭和28年 福笹づくり

短冊をつけた紙の笹を景品の一つに用い、神殿復興後は福笹として授与されることになった。

昭和28年 吉兆屋 シンプルな箕

売り声は「キッキョウ」。福俵は、その昔田植えのときの残り苗を洗って乾燥したもので作っていたという。当時は畳表で使われるい草で作った。

昭和28年 おさい銭の山

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この年は早朝から京都・大阪などの観光バスで乗り付ける参拝人があり、百万人を突破し、戦後最高の人出だった。さい銭箱も十円札、百円札に混じって千円札もチラホラとか。社務所もえびす顔に。

昭和37年 航空写真 神殿が復興した西宮神社

昭和36年11月、社殿が復興する。「三連春日造」は別名「西宮造」といわれ、屋根の銅板葺き以外は原形どおりに復した。

昭和37年 航空写真 社殿復興記念神事 斎庭から参拝する人々

昭和40年 南東方向からみた西宮神社

すっかり舗装された第二阪神国道。信号はないが横断歩道を整然と参詣する人々が続く。

昭和40年 本殿

通常は斎庭には入れないが、えべっさんの時のみ参拝を許される。

昭和50年 祓い所 柔道着のいでたちで

昭和55年 神札授与所 福笹

戎くじの景品の一つに用いたことがきっかけとなり、神殿復興後、福笹は従来の笹から紙製の笹として授与されることになった。

昭和48年 飾りも華やかな吉兆屋の店頭

福笹をいただき、吉兆屋であれこれ見繕って飾りとする。インフレに比例してお飾りもだんだん大きくなっていった。

昭和60年 奉納マグロ

招福マグロは十日戎には欠かせないが、昭和45年に神戸市東部水産物卸売協同組合が開設され、大漁を願って納めたのがその始まりである。それ以前は西宮鮮魚卸商組合が鯛を奉納していた。