【第3回 西宮の風物 えべっさん】開門神事福男

昭和35年 十日戎大祭

九日の夜はえびす様が広田神社へ臨幸されるが姿が人目につくのを好まれず、民家は門を閉じ、灯火を消し家の中にこもって外出を禁じ、ただ静かに酒を酌み交わし、田楽を食うのを慣習としていた。またえびす様にもしものことがあってもいけないと門松を逆さにした。戦災を受けるまで、門街筋と浜脇筋の間には細い道があり、そこがえびす様巡行の御幸道だったという。居籠の風習である。

昭和35年 十日戎大祭 末社の巡拝

昭和30年代 開門を待つ人々

昭和28年 開門用意

昭和15年、「一番詣り」の参拝者を称えたのが始まり。「福つかみ」「走り詣り」「福男一番争い」という名称もある。戦後、「福男選び」が復活したのは昭和28年となる。

昭和28年 開門!!

昭和28年 晴れて福男に

戦後初の福男は一番福が市来保男氏、二番福は澤一夫氏、三番福は前田菊次氏だった。

昭和37年 鈴の緒をつかめたら

昭和37年に神殿が復興し、鈴の緒は3本になった。現在は拝殿の正面から入ってお参りするが、当時は東側入り口から本殿前へ進んだ。福男の順位は鈴の緒の東から一番・二番・三番となっている。

昭和40年 認定証と

当時、福男には、えびす様の御神像と証書が贈られた。今ではこのほかにえべっさんのお米や日本酒、八喜鯛、えびす面、法被などが贈られる。

昭和37年 お神酒をいただく