第3回 「西宮の風物 えべっさん」

写真一覧を見る

 毎年1月9日から11日は西宮神社で十日戎の祭礼が行われています。10日早朝の「開門神事福男選び」は、毎年テレビ中継があり、その名は全国に知られています。

 戎神は元来漁業神ですが、のちに商業神、福神となり、民間信仰の中でとくに親しまれている神様といえます。西宮神社は全国で祭られている戎神の総本社として人々の信仰を集めています。

戦前の西宮神社社殿

戦前の西宮神社社殿

 その西宮神社も昭和20年の空襲で、本殿はじめ主だった建物を焼失しました。

 昭和21年の十日戎は仮本殿もまだ出来ていませんでしたが、平年の二割くらいの人出があり、露店も70~80件が軒を並べました。しかし氏子の8割以上が戦災をうけ、復興は容易ではなかったようです。

 社殿復興のため昭和25年から始まった「戎くじ」が毎年予想以上に話題をよび、昭和36年秋に社殿の復興をみます。

 「三連春日造」の本殿は、原形通り元の位置にという信念をもって建てられました。戦災を受けた主だった神社の中で、原形復興したのは西宮神社だけと言われています。


酒樽のさい銭箱をのぞきこむ参拝者

酒樽のさい銭箱をのぞきこむ参拝者

 一方、社殿復興の前後では、十日戎の様相も少しずつ形を変えていきました。

 一円・百円といえば硬貨というイメージしかありませんが、当時はお札です。フワリと投げ入れるその賽銭箱は七石七斗入りの酒樽。酒どころならではといえましょう。

 戦後「福男選び」が復活するのは昭和28年ですが、早朝に一番福をもとめたのは、若者よりも年配者が多かったようです。他にもえべっさん筋に等間隔に並ぶ「献灯」、福笹、吉兆にも時代の流れを感じます。


参考文献
西宮神社編集「西宮えびす」、「西宮神社の歴史」
吉井貞俊著「福の神 えびすさん ものがたり」
西宮文化協会「西宮文化」
飯田寿作「酒都遊観記」


えべっさん風景

昭和38年 赤門前 奉納演説も風物詩に昭和30年代 にぎわう商店街

毎年1月9日から三日間、だれもが福を求めて西宮神社を訪れる、西宮の風物詩の一つである。
写真をもっと見る


戎くじ

昭和28年 戎くじもお目当ての一つ昭和42年 福のおすそ分け

空襲被害からの復興のため「戎くじ」が始まったのは昭和25年。1回百円の寄進で、四斗樽・活け鯛など豪華賞品や、お札や福面も当たる。
写真をもっと見る


開門神事福男

昭和35年 十日戎大祭

九日の夜はえびす様が広田神社へ臨幸されるが姿が人目につくのを好まれず、民家は門を閉じ、灯火を消し家の中にこもって外出を禁じ、ただ静かに酒を酌み交わし、田楽を食うのを慣習としていた。またえびす様にもしものことがあってもいけないと門松を逆さにした。戦災を受けるまで、門街筋と浜脇筋の間には細い道があり、そこがえびす様巡行の御幸道だったという。居籠の風習である。
写真をもっと見る


十日戎昔と今と

昭和30年代 航空写真 西宮神社付近

本殿・拝殿・社務所・儀式殿など主だった建物は根こそぎ空襲で焼失したが、祭礼は昭和21年からずっと行われ、人々に福を授けてきた。仮本殿は中部商店復興組合の尽力もあり昭和22年に建設された。
写真をもっと見る


えびす顔でお帰りを

昭和28年 年々大きくなる米俵の吉兆昭和35年 心豊かに福をもち帰る

毎年漁業関係者が遠く四国や九州方面から訪れる。夜を徹して瀬戸内海を渡り、明け方ごろ参拝し、早々に帰路に着くという。
写真をもっと見る