甲子園の土、甲子園の蔦(ツタ)

甲子園と言えば、球児たちが思いでに持ち帰る「甲子園の土」
黒い土の色を不思議に思った人もいるのでは?

白砂青松と言われるように、阪神間は土が白く明るい。花崗岩(御影石)の白さである。関東ローム層の土の色に慣れた人は一様に驚くという。

それなのに、なぜ、甲子園の土は黒いのか? 

白っぽい土ではボールが見えにくいというのがその理由だ。黒土を混ぜ、走ったりすべり込んだりして試行錯誤の末、プレーするのに最適な硬さや色のブレンドにしているそうだ。「甲子園歴史館」ではそんなことも学べる。

甲子園の黒い土とコントラストをなすのが、緑の天然芝。リニューアルで貼り替えるのに伴い撤去された芝生が、西宮市内でしっかりと根付いているのをご存じだろうか。

小中学校のグラウンドや公園など16カ所に施工されている。一般に目にできる場所と言えば、市役所の前の六湛寺公園。490平方メートルに芝生が貼られ、美しい緑の広場になっている。ふかふかとした手触り。ごろんと寝転んでみたい心地よさだ。
名勝負が繰り広げられた甲子園球場の芝生。それが市民憩いの公園に植えられているというのは、とても贅沢で誇らしいことだ。

甲子園球場から譲り受けた芝生

六湛寺公園の芝生

蔦のライン

甲子園のもう一つの名物といえば、外壁を覆う蔦(ツタ)

1924年(大正13年)8月に「甲子園大運動場(現阪神甲子園球場)」が完成した。ツタが植えられたのもその年。
永らく愛されていたツタが覆う甲子園球場だったが、平成の大改修に伴って2006年10月17日みんなに惜しまれながら伐採式が執り行われた。

ツタ物語り

ツタが取り除かれた甲子園球場は、外壁工事のための防音パネルで囲われた。   防音パネルはもちろん緑のツタ柄だった。 ツタが取り除かれた甲子園球場は、外壁工事のための防音パネルで囲われた。

 防音パネルはもちろん緑のツタ柄だった。


『ツタの里帰り計画』

2000年の夏、20世紀最後の選手権大会を記念して、日本高野連、朝日新聞、阪神甲子園球場から、当時の高野連加盟校全4170校に「甲子園のツタ」を贈っていた。
甲子園球場のリニューアルに伴って、その時贈られたツタのうち、元気に育っていた233校から甲子園に「里帰り」する。
それとは別に、移植して育てていた以前のツタも一緒に順番に植えられている。

贈られたツタのうち、元気に育っていた233校から甲子園に「里帰り」する。

2008年3月14日「ツタの里帰り式」近畿地方から5校が代表して参加
金光大阪▽琴丘(兵庫)▽大江(京都)▽伊吹(滋賀)▽高田(奈良)▽和歌山工

2008年秋、新しい銀傘に生まれ変わるために、古い物が取り外された。(銀傘の無い甲子園球場。)

2008年秋、新しい銀傘に生まれ変わるために、古い物が取り外された。
(銀傘の無い甲子園球場。)

同時に照明塔も新しいものに生まれ変わる。

同時に照明塔も新しいものに生まれ変わる。

2009年の開幕に備えて、新しい銀傘と照明塔が完成した。

2009年の開幕に備えて、新しい銀傘と照明塔が完成した。

移植された若いツタに混じって、古木のツタもある

2010年春  移植された若いツタに混じって、古木のツタもある。リニューアル工事のため伐採されたツタの中から、元気なものが再び植えられている。

一際太い幹からは大きなたくましい葉が伸びている

一際太い幹からは大きなたくましい葉が伸びている。移植前には、秋に紅葉する夏ツタと冬に強いものとが植えられていた。何年後か先のツタの絡まる甲子園球場のために、今回もきっと何種類かのツタが植えられているのだろう。

里帰りで移植されたツタも元気に育っている。

里帰りで移植されたツタも元気に育っている。

里帰りで移植されたツタも元気に育っている。

外野レフトスタンド外周には里帰りに参加した233校の学校名を刻んだ記念銘板が設置されている。もしかしたら、貴方の母校の名前があるかも?? ただ、西宮の学校の名前がないのが残念。

そして、これが、2012年7月の甲子園球場の外壁。
ずいぶん蔦に覆われてきましたね。

甲子園球場の蔦2012年7月