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アメフトへの熱い思いは、聖地・西宮への思い

アメフトへの熱い思いは、聖地・西宮への思い 〜夢は、西宮に球技場を再び!!〜

11月28日〜12月4日、西宮阪急4周年記念イベント「西宮 阪急マルシェ」があった。
そのメインイベントとして西宮阪急の2Fに作られた特設ブースで、さくらFMの生放送や公開録画が行われた。
西日本アメリカンフットボール協会副会長/さくらFMの増井孝子プロデューサー西宮流とのコラボ企画 『西宮コネクション ~今、西宮で気になるヒトにインタビュー!』で、西日本アメリカンフットボール協会副会長/古川明さんのお話をさくらFMの増井孝子プロデューサーがお伺いした。

<さくらFMの放送は、12月25日お昼の12時からです!!>

 60年以上前のことを、昨日の事のようにお話しされる古川明さんは、御年81才。周囲の反対を押し切って38才で会社を辞めて、関西アメフト協会理事になって以来、アメフト一筋の古川さん。それほどまでに、古川さんを捉えて離さない魅力を持つアメリカンフットボール。
その興味深いお話を、かつてアメフトの聖地だった西宮球場跡に建つ西宮阪急の特設ブースでお聞きする事となった。

米軍の将校に憧れ、アメフトをやりたいと思った

戦後、アメフトのボールを持って米軍の将校が池田中学(旧制)の古川さん達の前に現れた。「アメリカンフットボールを通じて日本の青少年を元気にしたい!!という事だったようですが、制服もパリっとしていたし、何より皆さん紳士でしたね。アメフトを教えてくれた将校に憧れて、私たちはアメフトをやりたいと思いました。」

S48年のアメフト

S48年のアメリカンフットボール

当時、柔道をやっていた古川さんは、柔道を極めてからアメフトに転向しようと思った。
「アメフトをやり始めて実感しましたが、柔道の受け身が役立ちましたよ(笑) 全国高校アメリカンフットボールの優勝杯は『ピーター・オカダ杯』と言うのですが、この時の日系将校の名前なんです。」
その後の学制改革に伴って、関西学院高等部3年生に編入した古川さんはアメリカンフットボールに入部した。

「思い出の試合と言えば、やはり第4回甲子園ボウルで慶応に25対7で圧勝した試合です。当時私は1年生でした。」
この時の負け試合で、慶応の選手達は頭を丸めて東京に帰ったというエピソードが残っているらしい。「関西の学校に負けるなんて思ってもいなかったんでしょうね。私たちのユニフォームは穴だらけでしたが、私たちはビビってはなかったですよ。」
甲子園ボウル出場を手に入れるまでには、西宮球技場での京大との対戦があった。「雨が降っていましてね、本当にすごい試合でした。19対13で勝ちましたが、 京大は強かったです。」

西日本アメリカンフットボール協会副会長 古川 明さん

西日本アメリカンフットボール協会副会長 古川 明さん

西日本アメリカンフットボール協会副会長/さくらFMの増井孝子プロデューサー

さくらFMの増井孝子プロデューサーと古川 明さん

アメフトのコーチングを学ぶために渡米

アメフト渡米したのは1954年。「あの頃はパスポートをもらうのが大変でした。申請して1年ぐらいかかりましたよ。もちろん英語のテストもありました。コーチングを学ぶ・・・なんて言うのでは申請がおりないので、広告学を学ぶためと言う事にしていました。でも、もちろん広告学はきちんと学びましたよ(笑)」

船で二週間。そしてデンバー大学に留学。「向こうでは大学でも数万人が入るスタジアムがあるんです。 アメリカではアメフトが文化なんですね。 日本での野球なんて比較にならないです。アメフトのビッグゲームは国民的行事です。アメフトはアメリカ人の魂のような気がします。」
アメフトの原型が出来たのは明治2年頃だという。イングランドからの移民が持って来たサッカーから、ラグビー・アメフトへと変わり、現在まで140年の間にルールはどんどん進化して来た。
留学してアメフトを学んだ古川さんは、目で見て肌で感じて来たアメフトを後進に伝える道を歩いて来た。

 

私の最後の夢は、聖地西宮にもう一度球技場をつくる事!

古川 明さん帰国後は関学のアメフトのコーチになった。「アメフトは、一人の闘争心だけでは出来ません。この、仲間で力を合わせないと出来ないスポーツがアメリカ人の心を掴んだのでは??」と古川さんは言う。

「米田満氏や武田建氏など、関学のアメフトを支えた人がいっぱいいます。みんな、本当に熱い情熱を持っています。関学が好き!!アメフトが好き!!」
第4回から関学は甲子園ボウルの常連校と言われるようになった。「今年で67回ですが、関学はそのうち50回ぐらいは出場しているんじゃないでしょうか?日本に約400校ぐらいあるのですが、みんな甲子園ボウルで勝つためにアメフトをやっています。」

ハワイ高校とのアメフト

ハワイ高校とのアメフト

「私は38才の時に会社を辞めて関西アメフト協会の専務理事になりました。西宮スタジアムというグラウンドはありましたが、きっちりとした組織を作らないといけないと思ったんです。」

お話の中で「西宮はアメフトの聖地」と何度も何度もおっしゃった古川さん。そんな古川さんの夢は、もう一度西宮に球技場をつくる事!!

「名神高速道路の工事で阪急西宮球技場が閉鎖になった事(1963年〜1965年)があります。冬の時代でしたね。今、またその冬の時代のような気持ちです。」

この日は、まさに聖地であった西宮球場の跡地に建つ西宮阪急での感慨深い収録となった

 

パナソニック杯第67回毎日甲子園ボウル
<パナソニック杯第67回毎日甲子園ボウル チケットプレゼント>

12月16日(日)13:10 キックオフ 外野自由席のチケットを5組10名様に!!

関西学院大学と法政大学の対戦

申込み締め切りは 12月7日(金)18:00まで 終了しました。(応募多数の場合は抽選となります。当選者にはメールでお知らせします。)

古川さんからのとっておき情報

外野席のアルプス席に近い場所が、観戦のベストポジションだとか・・・

プレゼントのチケットをゲットしたら、早い目に行ってベストポジションを確保して下さいね(笑)

 

まちたび博では、限定10組さまの夢の観戦プログラムもあります。こちらからご覧下さい!!

古い写真は西宮市情報公開課よりご提供いただきました。

 

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